2021年12月31日に現任であるデ・ブラシオニューヨーク市長(2期目)の任期が満了する。そのため、今年はニューヨーク市長選挙の年となり、6月22日には予備選挙により各政党からの候補者が選ばれ、11月2日には一般選挙が行われ、次期市長が決定する。アメリカの主要政党候補者として、民主党からは13名、共和党からは2名が立候補している(5月1日時点)。
今回の選挙は、世界的に見ても多くの新型コロナウイルス感染症感染者を出したニューヨーク市の再生期を務める市長の選挙であることから、その争点の中心は、ニューヨーク市がコロナ禍において直面した様々な課題への対策になる。事実、候補者のキャンペーンウェブサイトにはほぼ必ずと言っていいほどコロナ対策に関する計画やビジョンが記載されている。
(候補者のキャンペーンウェブサイトより)
ニューヨークに赴任して1月と、ニューヨーク歴が浅い筆者ではあるが、朝晩のニュースを見るのが日課となっている。全ての内容を聞き取れているわけではないが、4月の下旬頃から市長選挙のニュースが目に付くようになり、ニュースの合間には市長選候補者のCMが流れていることに気付いた。その中でしばしば「NYPD Reform(ニューヨーク市警察改革)」を耳にし、また、犯罪関連のニュースにおいても「Public Safety(公共の安全)」とあわせて同じキーワードを聞くことがあったため、「NYPD Reform」で検索してみたところ、現市長が取り組んでいる警察改革の取り組みや、次期市長候補者のウェブサイトの計画のページや市長選におけるインタビュー動画など多数の検索結果が表示されたことから、これはコロナの影響による治安の悪化も相まって1つの大きな争点になっているのではないかと感じた。また、在ニューヨーク日本国総領事館からの犯罪に関する注意喚起メールが来るたびにビクビクしている筆者としては、治安に関する問題は他人事ではないのである。
そこで本稿では、「ニューヨーク市長選挙における警察改革と公共の安全」に焦点を当て、市長選挙において警察改革と公共の安全に言及している主要候補者の主張をまとめてみることとする。
【警察改革・公共の安全の背景】
2020年5月に起きたミネアポリスの「ジョージ・フロイド氏事件」は、「Black Lives Matter」を掲げた人種差別撤廃運動、特に「黒人に対する警察暴力反対」運動の大きなうねりをもたらした。各地でデモが繰り返され、差別撤廃とともに警察組織の改編や業務内容の見直しを求める声が広まった。この件については、2020年9月21日のブログ「~人種差別運動と警察暴力~」にも掲載しているので、そちらもあわせてお読みいただきたい。
この事件を受けて、ニューヨーク州は2020年6月12日に警察官による首を抑える拘束(チョークホールド)の禁止等を規定した警察改革法を成立させた。また、同日にニューヨーク州クオモ知事は、警察の過剰な権力行使や偏見に対処する改革を2021年4月までに実施しない自治体への財政支援を停止する考えを明らかにした(参考:ロイター通信)。ニューヨーク市においても、デ・ブラシオ市長により警察の予算削減、業務内容の見直し、懲戒処分者の公表などの警察改革がなされるとともに、2021年3月27日には、クオモ知事の上記の財政支援停止の声明に対応する形で警察官の民事訴訟における免責特権の取消し、警察所掌事務の一部移管、新規採用警察官の居住要件などを盛り込んだ警察改革案を市議会に提出し、成立させた(参考:ニューヨーク市議会HP)。予算削減については、コロナで打撃を受けた経済や雇用といった予算全体の枠組みを踏まえて判断する必要があるが、概ね警察の権限を規制・縮小する改革案だと言える。
上記のとおり警察改革が進む一方で、ニューヨーク市内では発砲事件の増加、ヘイトクライムの発生(参考:NYPD統計資料)など、コロナの影響とみられる治安の悪化傾向が続いている。すなわち、人種差別運動に端を発した警察改革とコロナに影響により悪化した公共の安全の回復という問題に直面しているのである。両者は単純にトレード・オフの関係にあるわけではないと思われるが、人種差別問題も絡まりあい、複雑かつ機微な問題であることは間違いないだろう。
【主要市長候補者の警察改革・公共の安全に関する主張】
この複雑かつ機微な問題に対して、次期市長候補者はどのように考えているのか、主な市長候補者の主張について、各候補者のキャンペーンウェブサイトに掲載されているものにあわせて、5月13日に放送された民主党候補者同士の公開ディベート番組(参考:スペクトラムTV)における主張の中から、地元のテレビ局であるPix11が実施した民主党予備選挙の世論調査において第一候補として支持率の高かった上位5名(※)(参考:Pix11)について紹介することとする。
(※)今回のニューヨーク市長選挙よりRCV方式(候補者上位5名に優先順位を付けて投票し、敗者に投票された票を既定の得票水準を満たすまで上位の候補者に再分配することで決選投票を回避する投票方式)が採用されることとなっている。参考にした世論調査はこの選挙方式を前提に行われおり、その調査結果の上位5名の候補者を紹介することとした。
Andrew Yang(アンドリュー・ヤン) 46歳 ※世論調査第一候補支持率…32% |
【略歴】
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【ウェブサイトにおける警察改革・公共の安全に関する主張】(参考HP) 【ディベート公開放送での主張】 |
Eric Adams(エリック・アダムス) 60歳 |
【略歴】
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【ウェブサイトにおける警察改革・公共の安全に関する主張】(参考HP) 【ディベート公開放送での主張】 |
注1)個人が所有する銃をNYPDに提供することにより、200ドルのキャッシュ(プリペイドカード)が受け取れるプログラム(参考:ニューヨーク市公式サイト)。2012年にコネチカット州のサンディフック小学校で発生した銃乱射事件を受け、ニューヨーク州は2013年に銃規制法(SAFE ACT)を可決し、2019年にはさらに規制を強化する6法案を可決し、ニューヨーク州は全米で最も銃規制が厳しい州と言われている。
Maya Wiley(マヤ・ワイリー) 57歳 |
【略歴】
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【ウェブサイトにおける警察改革・公共の安全に関する主張】(参考HP) 【ディベート公開放送での主張】 |
Scott Stringer(スコット・ストリンガー) 60歳 |
【略歴】
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【ウェブサイトにおける警察改革・公共の安全に関する主張】(参考HP) 【ディベート公開放送での主張】 |
Kathryn Garcia(キャサリン・ガルシア) 51歳 |
【略歴】
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【ウェブサイトにおける警察改革・公共の安全に関する主張】(参考HP) 【ディベート公開放送での主張】 |
※候補者の写真及び略歴については、各候補者のキャンペーンウェブサイトを引用して作成
【まとめ】
各候補者の主張は様々ではあるが、NYPD改革の観点から言えば、現行のNYPDを必要だとしつつ、組織的な改革を行おうとするヤン・アンドリューやエリック・アダムス、キャサリン・ガルシアは比較的穏健派、それとは対照的に警察予算を大幅に削減し、警察の権能をコミュニティに大きくシフトさせようとするマヤ・ワイリー、メンタルヘルス等の一部の権限の所管を移そうとするスコット・ストリンガーがその中間といったイメージである。いずれにしても、コロナの影響により増加した銃犯罪への対処という点においては共通している。現市長による警察改革案も3月下旬に市議会で可決されたばかりで現在進行形であり、ワクチン接種が進み経済が復興していく中で日々状況が変化していくため、それに応じて、候補者の主張も今後変化があるかもしれない。いずれにしても、治安が回復し、発砲事件やヘイトクライムのニュースに怯えることなく生活できるようになるのは、ニューヨーク市民共通の願いであろう。
5月8日には、ニューヨークの観光地として知られるタイムズスクエアで発砲事件が起こり、その流れ弾により4歳の女の子を含む3名が負傷するというニュースが流れた(参考:NBCニューヨークニュース)。一歩間違えば、自分が当事者になったかもしれない事件である。日本にいるときに比べて、明らかに治安問題に敏感になった自分を「Police Reform」、「Public Safety」という言葉を聞くたびに感じる今日この頃である。