ニューヨーカーにとってバスは重要な交通手段だ。2019年時点での調査では、平日1日平均200万人以上の乗車があった。これは他の米国内都市と比較すると約2.5倍の数になる。しかし、ニューヨーク市内のバスの速度は全米一遅い。平均速度は時速8マイル(約12.8km)(ちなみに東京の都営バスの平均速度(平成30年時点)は10.72km/h。)。遅延の原因としては、多くの停留所、客の乗車にかかる時間、交通渋滞、赤信号での停止などが挙げられる。結果として、バスの運行はスケジュール通りには行かず、何台ものバスが同時に到着したり、次のバスが到着するまでの時間が長くかかることがある。その結果、乗客のバスへの信用もゆらいでいる。実際、2014年から2018年にかけ利用者は13%減となった。
現在コロナ禍によりニューヨーク市の状況は一変してしまったが、2000年から2017年にかけて人口は40万人以上、雇用も60万以上増加し、その後もさらなる増加が見込まれていた。こうした中、ニューヨーク市では2021年から自動車利用者への「混雑料金」の課金※が開始されることとなり、公共交通機関のニーズは高まっていた。ニューヨーク市内のもう1つの主要な交通手段として地下鉄があるが、どこに路線があるわけではないし、すぐ拡張できるものでもない。そうした点でも、バスサービスの精度をあげることが求められていた。ニューヨーク市は市内の公共交通機関を担っているMetropolitan Transit Authority (以下、「MTA」という。)と共によりスピーディーで信頼できるバスサービス構築への取り組みを行っている。
〇バス運行速度25%アップを目指して
2019年のバス運行に関するアクションプラン「Better Buses Action Plan」(https://www1.nyc.gov/html/brt/downloads/pdf/better-buses-action-plan-2019.pdf)の中で、ニューヨーク市はバスの平均速度を2020年末までに25%アップさせることを目標に掲げた。これにより利用者の移動時間はトータルで1日28,000時間短縮できると見込まれる。そのための具体的な方策としてバスレーンの改善及び増設、バス停の改善、監視カメラを設置するバスレーンの増設、などとともに掲げられているのが「交通信号優先システム(Transit Signal Priority、以下「TSP」という。)」であり、このシステムのさらなる導入を推進している。
TSPとは、信号制御システムのことで、青信号時間の延長、赤信号時間の短縮ができる。ニューヨーク市内で混雑があるルートでは、運行時間の約21%が信号待ちであり、バスサービスの遅延に繋がっている。遅延解消のため、2012年からニューヨーク市とMTAは共同してTSPの導入に取り組んでいる。MTAはバスへのシステム導入を、ニューヨーク市は道路状況の分析、信号機の整備を行い、歩行者の十分な横断時間を確保しつつ、バスをスムーズに運行させることを目指している。
ニューヨーク市では”Passive”と”Active”の2種類のTSPを採用している。”Passive” TSPとは信号の変わるタイミングがバスの平均的な速度に基づいて設定されている。バスと信号間で交信はない。渋滞や停車で起きる加速や減速などは考慮されていない場合があり、バスの運行が遅れた場合、信号の切り替えとタイミングが合わない可能性もある。信号の切り替えのタイミングが長いと、さらに遅延の要因となる。”Active” TSPとは、バスが交差点に接近した際に信号機に信号を送信し、緑信号時間の延長、もしくは赤信号時間の短縮を調整する。ニューヨーク市のActive TSPは車載のGPS追跡装置やその他のTSPソフトウェアを使って、バスの位置を検知する。バスはTSPの要求をMTAのバスコマンドセンターを介して交通管理センターへ送信する。その交信によって信号はコントロールされている。
Active TSP図解(ニューヨーク市ホームページ参照)
2019年時点でTSPが導入されている交差点はおよそ600であったが、市は毎年300か所追加導入する目標を掲げた。2020年までの目標は1,200か所ということになるが、2020年10月9日時点で既に目標を超え、1,350か所以上に導入が完了している。
TSPの導入により、バスの運行時間は1~25 % 短縮できるとされる。マンハッタン内でTSPが導入されているバスルートの1つで導入前と導入後の運行時間を比較すると、時間帯や進行方向によりばらつきがあるが、約5%~18%の時間削減という成果が出ている。今後も導入が進む中で、さらなる時間削減効果が出ることを期待したい。
TSP導入前後のバスの移動時間比較表(ニューヨーク市ホームページ参照)
※混雑料金課金制度
マンハッタン内の交通渋滞緩和と、MTAの財政援助のために、マンハッタン内の60thストリート以南に進入する自動車に課金する制度が2021年から開始される予定(延期の可能性あり)。これによる収入はニューヨーク州の予算となり、MTAの資本コストに割り当てられ、MTAの交通機関改善に役立てられることが期待されている。