恵まれない市民向けの大規模対策
上で紹介した感染の地域格差が明らかになって以来、ニューヨーク州と市はこれに対して様々な対策を講じてきました。基本的な対策としては、社会的距離の確保やマスク着用・手洗い等の衛生対策の必要性の啓発とともに、恵まれない市民のためにもっと大規模な対策にも取り組みました。
クオモ・ニューヨーク州知事は、少なくとも4月8日から白人と非白人の死亡率の差に言及しました。4月22日には、ニューヨーク市公営住宅公社(NYCHA)の施設を中心に、新たに6つの検査所の設置と防護具や食料品の配給等の支援を発表しました。23日には民間の医療提供者のReady Respondersと提携を結んで、検査やアウトリーチを実施する旨を、また、5月9日からは教会や大手病院とも協力して検査などを提供し、それからさらにSOMOSという民間企業とCOREという非営利団体とも連携し、検査所を次々と増やしてきました。同月30日に、拡大された検査制度に伴って把握してきたデータに基づき、市内で感染率が一番高い10の区域に集中的に対策を取ると発表しました。防護具・ハンドサニタイザー・マスクなどの配布と社会的距離・公衆衛生の啓発などを強化するとともに各区域に検査所を新たに一か所ずつ設置しました。
もう一つの対策は、「Surge and Flex」(集中的かつ柔軟に対応する)という取り組みで、患者であふれかえっている病院から病床が空いている病院へ患者を移動し、また、防護具などが余分にある施設から不足している施設に融通する体制です。ニューヨーク州の病院は全米と同じように、ほとんど完全に別々に運営されているので、協力・調整をあまりしません。その上に、医療機関も貧富の差が激しいです。クイーンズ地区のElmhurst Hospitalのような逼迫していた病院は市立病院で、設備等が慢性的に不足している一方、民営の病院は資産や設備が豊富に整っています。病院の規制は州が管轄するので、知事が強制的に協力体制を命令し、感染のピークで医療機関へのプレッシャーを分散しました。
ニューヨーク市も、4月からコロナウィルスの影響の地域格差に対して様々な独自の対策に尽力しました。同市は過密な上に、低所得の区域や公営住宅の周辺は多くの場合、公園や広場が人口に比較して不足しています。デブラシオ市長が3月に公園や遊び場に利用の制限や禁止の命令を発出し、また州による社会的距離(Social distancing)などの義務付けによって、このような過密な区域に住む市民が健康などのために外出したくても安全にできないという不満が早い段階からありました。そのため、「オープン・ストリート」事業として4月下旬から自転車専用のレーンや公園に隣接している道路、合わせて約40マイルを閉鎖し、午前8時から夕方8時までの間、歩行者天国として開放し、夏までに、全長100マイルまで伸ばすと発表しました(市内には合わせて約6,000マイル・1万キロの道路を有します)。6月25日現在、実際に約67マイルの道路が閉鎖されています。市の交通局のウェブサイトに情報があります。
保健医療関係では、州のように民間会社と非営利団体との提携よりも、11の病院を持つ市立の健康病院公社(NYC Health and Hospitals Corporation / HHC)を利用して検査機能の拡大や防護具の配給などを行っています。
また、4月には全国からボランティアとしてきた医療従事者や、自宅での隔離が困難な人のため、ホテルでの宿泊を市の危機管理局(NYCEM)が管理する形で提供するとこととされました。さらに、4月現在、60,000人以上が利用しているとされるホームレス向けのシェルターにおいて、約17,000人の単身者は大部屋で生活し、社会的距離の確保が困難であることが問題視され、個別の部屋を確保し提供する計画が出されました。しかし、専門家からはホームレスを孤立させると精神状態が懸念されるとの指摘があり、実施するのが困難となりました。現在、市と非営利団体が一部のホームレスをホテルに移してきたそうですが、人数が不明瞭です。
もう一つの大きなプログラムは市立学校を通して給食を配る事業です。3月前半に、学校を閉鎖するか否かの判断をする際の論点の一つとして、貧困に暮らす子供たちが毎日の給食に頼っていることがありました。学校給食がないと十分に食べられない子供が多く(普段は5人に1人の子供は十分に食べ物がないと想定されている)、学校が閉鎖されると、却って、健康問題になるおそれがありました。結局、指定されている学校が月曜日から金曜日まで、午前7時半から11時半まで生徒とその家族のために食事を配ることになりました。さらに11時半から午後1時半までは大人にも配ります。身分証明などは必要なく、誰でも取りに行くことができます。各配布場所にベジタリアンやハラル対応の食事があり、一部の配布場所にはユダヤ教信者のためのコーシャの食事もあります。(ご参考にhttps://www.schools.nyc.gov/school-life/food/free-meals)
学校閉鎖に関するもう1つの論点として、エッセンシャルワーカーの子供に対するケアの問題がありました(学校が普段この役割も果たしています)。そのため、各ボロ(地区)にRegional Enrichment Centers(地域別エンリッチメントセンター)が設立されました。月曜日から金曜日まで、午前7時半から夕方6時まで、エッセンシャルワーカーの子供に体育・アクティビティ・食事等を提供します。他の生徒と同じように、自分の学校とのリモート・ラーニング(Remote learning)にも参加します。(ご参考にhttps://www.schools.nyc.gov/enrollment/enrollment-help/regional-enrichment-centers)
上で取り上げたように、ウイルス抑制のために英語以外の言語での情報提供の大切さもわかってきました。ニューヨーク市は常に多言語で情報提供の方針があり、3月からコロナウィルスに関する情報を英語・スペイン語・中国語(北京語・広東語)を行っていました。しかし、移民の多い区域に大勢の国の感染者がいることが著しくなってから、さらにこの問題に集中的に取り組むようになりました。従って、4月の中旬に、一千万ドル($10Million)の情報キャンペーンが発表されました。15言語での広告・電話・チラシなどを通して情報を提供する戦略が実施されました。
これに加え、コミュニティレベルで、州も市も以上紹介した検査所等の拡大のために教会と協力するとともに、モスクやユダヤ教の会堂などとの協力体制で情報やサービスの提供を強化する努力をしました。移民の多いところに、こういうコミュニティの拠点も利用し、必要な言語で必要なサービスを提供する方針を改めました。
行政側が政策形成と実施を担当しても、結局、政策の対象となる住民に適切にリーチできる民間会社・非営利団体・コミュニティグループ等との協力体制がない限り、十分に対応できません。
Matthew Gillam
上級調査員
2020年7月7日