背景
第一回の「都市農業 - 上」で述べたように、1960年代からのニューヨーク市のますます深刻化した財政危機等の状況の中、市民は自分の手で環境を改善しようとし、近所の空き地を花、果物、野菜等を栽培するコミュニティガーデンに変えた。
時間が経ち、自分のために作った農作物が余って売ることにした人もいた。最初はガーデンで売っていたが、市経営のグリーンマーケットで売る者も現れ、近年、こういう例をベースに、もっと大きな事業が設立された。コミュニティガーデンと同じように、住民にベネフィットを与えながら、利益を出す持続可能な事業を目的とする農場ができた。現在、コミュニティ中心のガーデンと営利目的の農場とは、場合によってその違いは紙一重で、最終的に区別するにはどちらのほうに重点を置くかによって判断するしかない。
営利目的を有する都市農業事業は、自然との関係と技術の利用度を見て大まかに三種類に分けられるだろう。
- 伝統的に野外で土に植える「畑型」
- 「温室型」
- 完全に室内型の「ヴァーティカル(垂直)」
2と3は、大体の場合、水耕栽培あるいはエアロポニックス(水気耕栽培)で、土壌を利用しない。
どのシステムが一番適切であるかを決めるには、様々な経済的または技術的な要因がある。
農業はもともと利益の少ない事業で、技術を利用したり場所を確保したりするためにかかるコストが高くなると営業が持続できなくなる。このような場合、効率化するかあるいは優れた品質のために通常より高い値段で売れることがない限り、採算性を維持することができなくなる。
これらの要因をあわせて考えると:
- Red Hook Community Farm(レッド・フック・コミュニティ・ファーム)やBrooklyn Grange(ブルックリン・グレーンジ)のような伝統的な、土を使う畑型の農場は設立や営業のコストが比較的低く、実績のある既存の技術を利用する代わりに、大自然に頼り、品質管理や生産性のコントロールが限られている。
- Gotham Greens(ゴッセム・グリーンズ)のような水耕栽培(あるいは水気耕栽培)で温室を使用する事業は、営業費が高くなり、施設の設立と環境管理や植物栄養の技術の開発にかなりの投資を要する代わりに、品質管理も生産性もよくなり、利益の増加につながる。ただ、土を使わないので、栽培できる農作物が限られ、「オーガニック」という認定はもらえなくなる。
- ヴァーティカル形式の事業は完全に室内で農作物を栽培するので、エネルギーや技術を一番利用し、一番投資を要するタイプになる代わりに、どこでも、いつでもできる。ほとんどの例は、水耕あるいは水気耕栽培を利用する。ここでは取り上げていないが、AeroFarms(エーロファームズ)はこのひとつである。
Added Value Farms / Red Hook Community Farm
Red Hook Community Farmは、ある意味で、一昔前に空き地でできたコミュニティーガーデンから最近屋上に作られるようになった農場の中間段階であると言えるだろう。
Added Value Farmsは、ブルックリンのレッドフック地区にRed Hook Community Farmと、Red Hook Houses Farmの2つの農場を運営している。 Red Hook Community Farmは2001年に造園され、2012年に発生したハリケーンサンディで大きな被害を受けた後に改良が加えられた。
レッドフック地区はもともと港・産業地帯で、後に公営住宅が多く建てられた区域である。高速道路や水路に囲まれ、地下鉄やバスが少なく、孤立しているところで、地元の市民団体が住民を支援する事業を設立してきた。
この事業の一つがRed Hook Community Farmである。古いアスファルトが一面に広がる「公園」の片隅に、土を重ねて小さな庭を造った。新鮮な野菜が食べられるとともに子供たちに栽培の方法や栄養に関することを教えられることから、かなりの人気になり、徐々に「庭」が「畑」に変わっていった。古いグラウンド場の上にできたスペースは、約2.75エーカーで、栽培面積は約2エーカー(約1.1ヘクタール)である。ひとつ独特な要素は、最初の頃と変わらず、アスファルトの上に土が載せられていることで、現在の畑は約60センチの深さになった。多くの市内のガーデンと同じように、地盤が重金属等に汚染されているので、農作物などがそれに接触しないようにアスファルトをそのままにしておいた。
ニューヨーク市とBrooklyn Botanic Gardenの共同事業のNYC Compost Project(ニューヨークシティ堆肥プロジェクト)も同ファームが行っており、機械やライトがほとんど完全に太陽光発電によって稼動する。昨年は、2万ポンド(約9トン)以上の農産物を生産し、土曜市や産地直売所、そしてCSA1(Community Supported Agriculture)というプログラムを通して販売する。
Red Hook Houses Farmは、ニューヨーク市長室と住宅公社との共同事業で作られた1.1エーカー(約0.4ヘクタール)の教育用農場で、当該公社としては初めての農場である。
1一定期間に収穫される特定の生産者や生産グループの生産物を、その生産者や生産グループのCSAに申し込んだ消費者が受け取るというものです。
Brooklyn Grange
http://www.brooklyngrangefarm.com/
Brooklyn Grangeは2010年にクイーンズ区で最初の屋上農場を造園し、2012年にはブルックリンネイビーヤードで2つ目の農場を造園した。あわせて、市内に2.5エーカー(約1.0ヘクタール)の農地を提供している。また、市内の屋上で40以上の養蜂も行っている。 Brooklyn Grangeは米国最大の屋上農場を運営する団体の一つであり、市民への新鮮な農産物の提供をはじめ、子どもや大人を対象とした教育、職業訓練プログラムなどを実施し、雇用創出と経済開発のモデルとしても機能しており、屋上緑化やその他の緑のインフラシステムなどの発展にも努めている。
Brooklyn Grangeの最高執行責任者(COO)Gwen Schantz氏によると、ニューヨーク市での、作物の栽培・販売については、そのまま販売する限りにおいては、基本的に自由に出来ることである。未調理の食品等には売上税はかからず、農園や農場で販売されるようなほとんどの品物は、事業用として届け出る必要はない。
農産物が調理加工された場合には、ニューヨーク州農業・市場局(NYSDAM)の管轄下に入り、関係者は食品の安全に関する訓練を受け、州の認可を受けなければならない。この認可は3年で更新することになっている。また、養殖の場合は、連邦農務省の承認が必要であり、事業を始めるのは難しいとのことであるが、養鶏(雄鶏は除く)、養蜂などが自由に認められている。このようなニューヨーク市の規制環境に加え、農業のゾーニング制限がないことなどはビジネスに大きな恩恵をもたらしているとのことである。考慮すべき主な点としては、農場が設置される屋根が構造上安全で建築基準に適合しているということが、市の建築局(DOB)に認められる必要があることである。フィラデルフィアやヨンカーズのような都市では、より制限が多く、都市農業にはあまり適していないとのことである。
Brooklyn Grangeは、雇用創出戦略においてはニューヨーク市の経済開発公社(EDC)と、屋上緑化については市環境保護局(DEP)と、持続可能性に関する課題については市長室のサステイナビリティ担当の部署などと協力しているとのことである。また、いくつもの非営利団体とも協力し、子どもたちが、農業、持続可能性、栄養について学ぶための訪問の受入を行っていたり、移民の支援団体とも協力し、技術を教えたり、セラピーなども提供している。
ニューヨーク市の規制を取り巻く環境は非常に良いが、屋上緑化や屋上農場の造園を推進するような大きなインセンティブはない。州の税制上の優遇措置はあるものの、それほど魅力的なものではないとのこと。
都市農業の採算性について言うと、水耕栽培やエアロポニック(水気耕栽培)システムなどを用いてビルの屋内で生産する「垂直農場2」はニューヨーク市のようなところでは、いくつかのハードルに直面している。室内緑化のコストは高いうえに、ニューヨーク市では、不動産需要が高く、今は場所を借りることができていても、ビルの周囲環境が変わり、数年後には居住用や事務所などより収益性の高いものにするため、事業者は立ち退きさせられる可能性が高い。技術自体もより高価になる可能性があることに加え、マージンが非常に低い大部分の事業では採算をとることは難しくなるだろう。ただ、このような推測は、不動産需要がニューヨークほど高くはないニューアークやデトロイトなどの都市においては状況が異なっていることに注意したい。しかしながら、ニューヨーク市では、屋根の競争率はそれほど高くないため、Brooklyn Grangeは、手頃な価格でクイーンズの屋上の10年の新規リース契約を結び、ブルックリン・ネイビー・ヤードの屋上についても20年のリース契約ができたとのことである。
2基本的に土を必要としない水耕栽培を利用した垂直・多段式の栽培システムで、太陽光を利用せず、人工光、LEDを用いるものである。植物工場や高層ビルを利用した農場である。
Gotham Greens
Gotham Greensはもう一つの大規模な屋上農園事業でありながら、Brooklyn Grange とまったく違う形で運営されている。 2009年に設立され、シカゴやニューヨークでサラダ菜とハーブの全自動式の温室での水耕栽培を行っている。栽培されたものは、大手オーガニックスーパーのWhole Foodsやその他の食料品店、グリーンマーケットを通して販売されており、多くのレストランなどでも使用されている。
Gotham Greensは最初の屋上の温室を 2011年にブルックリンのグリーンポイント地区で建て、現在、二つの都市にある合わせて四つの施設に17万平方フィート(約1.6ヘクタール)以上の面積を占める農業の事業を行っている。連邦政府のHazard Analysis Critical Control Points(HACCPという食の衛生管理システム)とGood Agricultural Practices(GAP・適正農業規範)を導入し、温室内は無菌環境とし、食中毒を起こす菌を最小限に抑え、高い食品安全性の基準を保っている。しかし、外の世界との接触を制限するために、Red Hook FarmやBrooklyn Grangeのようにヴォランティアを入れることはできない。
土で栽培する伝統的な(屋上でありながら)畑型のBrooklyn Grange等と違って、Gotham Greensはここで取り上げる他の例よりもっと厳しく管理され、もっとハイテク・もっとハイコスト・もっと効率のよいシステムを利用し、平方メートル単位でもっと多く栽培できる。結果として、コミュニティよりビジネスに重点が置かれることになる。
水耕栽培を利用するので、雑草は生えず、除草剤を使う必要がなく、殺虫剤の代わりに天道虫のような益虫を放つ。皮肉なことに、これにもかかわらず、「オーガニック」という基準を満たさない。工業型農業であるが、ハイテック・持続可能・自然なやり方で、「Industri-organic(工業型オーガニック)」と呼んでもいいような方法である。
Gotham Greensは成長ライトを利用した水耕栽培等を行う、最近始まった室内でのハイテクな事業の一種である。ニューアーク市にあるAeroFarmsという会社も同様の事業を始めている。しかし、「ヴァーティカル」のように完全に室内ではなく、比較的空きがある屋上に温室を置き、自然の太陽光や空気を利用し、コストを抑えながら、年中無休で稼動できるように温室内の環境を調整する照明・空調器具を合わせて利用している。さらに、事業の採算性を高めるため、もともと需要が大きいサラダ用のレタスやハーブを生産し、新鮮で品質が高いものを、高い値段で販売している。
温室の環境の調整や水耕栽培によって他のところよりエネルギーも使うけれど、代わりに、できる限り風力や太陽発電からの電気を利用し、原則として品物を5キロ以上輸送しないことを方針としており、エネルギー消費を削減し、なるべく二酸化炭素の排出を抑制するように努力している。
Gotham Greensはコミュニティアウトリーチとして職業訓練やコミュニティ農業等を支援する。ただし、前述したように一般の人にボランティアとしてGotham Greensの仕事を手伝ってもらうことができないので、温室の中で指導等を行う形ではなく、緑化事業や栄養に関する教育プログラムを実施するコミュニティグループや学校をサポートする形で間接的に行っている。また、温室の近所のお店でその商品を販売する場合に特別に安い値段で売ることができるように支援している。
ニューヨーク市以外に
都市農業はニューヨーク市でしか行われていないわけではない。ハドソン川をはさんで、ニューアーク市にはヴァーティカル形式のAeroFarmsがあるとともに、活発な都市農業のコミュニティがある。デトロイト市などの過疎化現象に悩んでいる様々な都市でも、市民団体や非営利団体の支援により空き地にコミュニティガーデンを作られたりするし、グリーンルーフ等の緑化政策が持続可能促進のための一般的な政策になっている。さらに、雇用創出や技術者の育成などに貢献することが広く認められてきた。各都市の置かれた状況に応じた様々な例が豊富にある。
Schantz氏は、屋上農園の経営で最も成功しているいい例として、カナダのモントリオールにあるLufa Farms(https://lufa.com/en/index.html)を薦めてくれた。
Gotham Greensの一番大きな施設は、総面積75,000平方フィート(約0.7ヘクタール)で、シカゴ市のファー・サウス・サイドにある石鹸工場の屋上にある。同市の数多くの他の屋上農園の中の一つは、マーコーミックプレスというコンベンションセンターの屋上にあるシカゴ植物園が作った0.186ヘクタールの中西部最大の畑型の農園である。
新技術の開発、地元でできた安全で新鮮な食べ物に対する市民の需要の増加、グリーンルーフ等の持続可能対策の広がりや都市農業の成功例の普及等により、ニューヨークで芽生えた都市農業運動はこれからもさらに全国的に実を結ぶ見込みである。
Matthew Gillam
Kaori Ito
November 2017