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ニューヨーク市:ハリケーンアイダ以降のグリーンインフラ (上)

「グリーンインフラ」という表現は1994年のフロリダ州知事に対するレポートで初めて使用されたと言われています。近年、より加速する気候変動に対してますます日常会話に使われる表現になり、多様化する課題に対応するため、その意味するところも拡大しています。現時点では、以下に述べる三つの相互に関連している分野を包括していると言えます。本レポートでは、ニューヨーク市を例にグリーンインフラの発達と現状について紹介します。

ゴワナス地区の実験的バイオスウェル

ニューヨーク市では、雨水と下水が同じ処理方法となっています。その上、昔から下水道のキャパシティが不足しており、降水量が多い場合には、下水が処理されずに周りの川や海に流れてしまう問題を抱えています。これは「合流式下水道越流」(Combined Sewer Overflow / CSO)と言われ、米連邦政府の1972年の「水浄化法」によって、市が連邦や州政府から長年に亘って訴えられたことにより、改善策を作成することになりました。従来のグレーインフラ(コンクリートによるインフラ)の改善には莫大な予算がかかるため、単に下水道のキャパシティを大きくするのではなく、別の対応策を考える必要がありました。不十分な排水容量、特に降雨時の廃水の急増に対応するために、革新的かつ費用対効果が高い対策としてグリーンインフラへの関心が高まり、政策が徐々に実施されるようになってきました。

当初「グリーンインフラ」は、周りの環境の水質改善を図り、下水道に入る雨水の流れを遅らせ、量を減らすための対策を意味していました。これは「流出管理」と呼ぶことができます。

2012年の大型ハリケーンサンディ以来、グリーンインフラの第一目的が変わりました。サンディの襲来により、高潮・満潮・強風が同時に起こり、ニューヨーク周辺の大西洋・ニューヨーク湾・ジャマイカ湾・イーストリバーなどの沿岸が冠水しました。今後の同様な災害に対し、リスクの高い沿岸のコミュニティをどのように守るかが主な課題になりました。「Rebuild by Design」などの提案でも「グリーンインフラ」は対策の一つとして注目を集め、元々の「流出管理」に加え、「流入管理」という役割も含んだ言葉として使われました。

この二つの違いは、流出管理が人間の活動から環境を守ることを目的としているのに対して、流入管理は環境から人間の活動を守ることを目的としています。

最近では、2021年9月1日に、ニューヨーク市がハリケーンアイダに襲われ、1時間で100ミリ以上、およそ1日で約200ミリもの雨が一部に降り、市内だけで13名が犠牲となりました。そのうち11名は、急激な速度で浸水したクイーンズの地下のアパートで溺死しました。

ハリケーンアイダの悲劇によって、グリーンインフラの主な目的が再度変わり、クラウドバースト現象(集中豪雨)への対策も含まれるようになりました。「クラウドバースト」という表現は専門用語として数年前から使われていましたが、これまでニューヨーク市のグリーンインフラの一般的な考慮事項として含まれていませんでした。クラウドバースト現象に対するグリーンインフラは、流出管理の一種ではありますが、人間の活動を自然から守ることを重視しています。降水量が多い場合、従来のグリーンインフラと同じく、雨水をためて後でゆっくり排出するか、あるいはグレーインフラと同じく、より少ない被害で雨水を迂回させて排出するかのどちらかの仕組みで構成されます。

言い換えると、CSOとクラウドバーストに対する流出管理は「排出」を扱う対策である一方、ストームサージや海面上昇に対する流入管理は「流入防止」を扱う対策です。

過去の流入管理に関する当事務所の記事については、こちら (英語版のみ)をご覧ください。また、Rebuild by Design などの組織が最新情報を提供しています。

今回のレポートの「上」と「下」では、近年実施された流出管理のプロジェクトを紹介します。同時に、現在の様々なプロジェクトのハリケーンアイダに対する実績を調査することで、ニューヨーク市や他のグリーンインフラの開発に取り組んでいる団体の既存の計画を修正、あるいは新しく事業を生み出すために何をすべきかを含めて検討することが重要です。

ニューヨーク市では流出管理事業の開発に取り組んでいる組織がいくつもあります。市自体が最大の組織であり、環境保護局(DEP)、公園・レクリエーション局(DPR)、運輸局(DOT)等を通して開発を進めています。市民団体や非営利団体も市とともに革新的な事業を実施していますが、その中でも、本レポートではGCC: Gowanus Canal Conservancy(ゴワナス・カナル・コンサーバンシ) に焦点を当てています。


ゴワナスカナル(運河)

GCCは2006年に設立され、ゴワナス地区での環境的に持続可能な公園や広場の設置と維持管理を進めるとともに、住民ボランティアの育成を行うことを目的としています。同団体は地域の環境保護団体(Environmental Steward)としてボランティア活動を指導し、学生の環境教育を行い、様々な部局・選出役員・コミュニティのメンバーと協力しながら目的達成に尽力しています。グリーンインフラは水質改善と洪水抑制能力だけではなく、ヒートアイランド現象の軽減・公衆衛生の向上・治安の改善にも効果が示されています(例:https://www.urbanhealthlab.org/urban-nature)。 

GCCの上席流域企画官のエーミー・モツニ氏によると、GCCの流出管理は洪水対策よりも水質改善を重点に置いているそうです。しかし、活動が10年前のデータに基づいて計画が立てられているので、見直す必要があるでしょう。現在、洪水・冠水の防止のための予算はありませんが、DEPはこれからクラウドバーストの調査を開始する準備をしており、GCCはこれに参加する予定です。

GCCは(最近市に承認された)ゴワナス地区のリーゾーニング(ゾーニング変更申請)に深く関わってきました。近年、同地区は住宅やビジネス開発の中心地となり、ジェントリフィケーション(都市の富裕化)が進み、住民の不安が募ってきました。開発が避けられない場合、現在の住民と新しい住民との利益について、どのようにバランスをとるかが課題となります。低所得者向けの住まい、インフラ整備、公園や緑の空間の設置等が論じられてきました。GCCの目的の一つは前述の環境的に持続可能な公園や広場を開発計画に盛り込み、生活の質(Quality of life)と多様な気候変動による問題に対してグリーンインフラを利用して対処することにあり、アドボカシーと「ハンズオン」の活動を両立しながら目的達成に努めています。

GCCは2018年にゴワナス・ツリー・ネットワーク(Gowanus Tree Network / GTN)を設立しました。GTNは、ツリーアンバサダー(樹の大使)を養成し、このアンバサダーがGCCのゴワナス地区樹木管理区域の16ブロックのエリアの樹の維持管理を担当します。2019年に活動内容を拡大し、近隣の既存の植樹枡(※1)の雨水処理量の測定も行うことになりました。GCCは以前、ドレックスル大学と協力し、6ストリートのグリーンコリドー(※2)の街路レインガーデン(※3)の雨水処理量を測定しました。そして2019年には、テンブーという民間会社と提携し、ナショナル・コントロール・デバイスという会社が開発したドレックスル大学の機器よりも小型で安価な測定器を用いて、クラウドベースの測定サービスで、雨水管理のための植樹枡の効果を検証しました。これと併せて、テンブー社がボランティアのために使いやすいインターフェースを開発しました。最終的には、実験した様々なバイオスウェル(※3)の性能を理解するだけでなく、その性能を維持するためのグリーンインフラの維持管理の重要性も判明しました。

(※1)主として街路樹などを植栽するために、道の一部に縁石等で区画して設けられる植栽地。
(※2)人間の活動や構造物によって隔てられた野生生物の生息地をつなぐ区域のこと。ここでは植栽地が続くゴワナス地区の道路のことを指す。


Gowanus Canal Conservancy HPより

(※3)レインガーデン=バイオスウェル(生物低湿地):砂利や植栽によって、時間をかけて雨水を浸透させていくグリーンインフラの装置。ニュ-ヨーク市は「レインガーデン」と呼ぶが、GCCは「バイオスウェル」と呼ぶことが多い。参考(特に26ページから32ページまで):https://gowanuscanalconservancy.org/wp-content/uploads/2018/02/Bioswales-in-NYC_extra-small.pdf


最も一般的なレインガーデン(ニューヨーク市HPより)

モツニ氏と同僚は、様々な土壌、植物を取り入れ、多種多様なバイオスウェルのデザインを企画し、検証してきました。初期の取り組みでは、道路工事の際、市のコントラクター(下請け会社)が植樹桝を掘り起こして測定器を破壊したり、測定器が盗まれたりと、問題が多発しました。また、パーフォーマンス測定にテンブー社の機械・デバイスを使ってもなお、コストは大きな課題として残っています。それでも、バイオスウェルのデザインや留意事項について、貴重なデータを獲得することができました。


バイオスウェルの入り口にごみや枯葉が溜まっています。


ごみは常に問題となっています。

グリーンインフラの最大の問題は、おそらく維持管理でしょう。グリーンインフラはグレーインフラに比べて初期費用が低い傾向にありますが、継続的な維持管理がより不可欠です。その性能を維持するためには、植物が健全であること、ごみが溜まらないこと、そしてインフラが被害を受けていないことを常に確認する必要があります。バイオスウェルは特に維持管理が必要で、植物が死んだりごみが溜まったりするとほぼ完全に効果が失われます。現在のDEPの方針は、グリーンインフラの施工業者には最初の約3年間の維持管理の義務があります。さらに、ニューヨーク市にはすでに約11,000箇所のバイオスウェルがあり、市の部局だけでは手が回らない状態です。しかし、DEPはこれらをボランティアに任せることには躊躇いがあるようです。これは、DEPはDPRのようにボランティアに馴染みがないことに起因しているのかもしれません。DPRは1970年代から公園の維持管理などをボランティアと協力して行ってきましたが、DEPの担当事業にはこれまでその必要がなかったため、経験が乏しいと言えます(DEPとボランティアについて、このレポートの「下」でより詳しく取り上げます)。

GCCは、他の組織と協力してバイオスウェルの設計や維持管理方法を改善したり、限られている資源(特に人材)をより効果的に配分するための技術を開発したりしています。流出管理・公衆衛生・生活の質・治安等の問題に対処できる持続可能なグリーンインフラには、トレーニングを受けたボランティアが観測データを利用し、問題を把握、対応する支援が不可欠です。

最終的に、グリーンインフラを効果的に活躍させるためには政府側と非営利団体・市民団体との協力が必要です。これらの関係者が参加する様々なパイロット事業によって今後、設計や維持管理方法が更に進化するでしょう。

Matthew Gillam
上席調査員
2022年2月3日