8月26日のブログ記事「簡単なクイズに答えるだけでアメリカ連邦政府の予算概要がわかる??」でも紹介した通り、8月3日~5日の3日間、NCSL(全米州議会議員連盟)がオンラインのベースキャンプを開催した。本記事では筆者が参加したセッション2つについて取り上げる。
1 Drugged Driving: What’s a State To Do?
このセッションでは、ワシントン交通安全委員会リサーチディレクターのStaci Hoff氏、メリーランド州交通局局長のTimothy Kerns氏をプレゼンターに迎え、薬物やアルコールに起因する交通事故のデータ収集及び自己評価ツールが紹介された。
(1)薬物やアルコールによる交通事故の動向及び対応(Staci Hoff氏)
ワシントン州では、血液中のアルコール濃度(BAC:Blood Alcohol Concentration)が0.08%以上での運転が「飲酒運転」と定義づけられている。日本ではBACが約0.03%(呼気1リットルあたりのアルコール量0.15mg)以上で飲酒運転となるため、基準としては日本の方が厳しいと言えるだろう。
また、薬物として最もよく知られているのはマリファナ、オピオイド、覚せい剤であるが、ワシントン州はマリファナを米国で最初に合法化した州の一つである。現在20以上の州が娯楽用マリファナを合法化しており、薬物の影響による交通事故数の増加は、米国で深刻な問題となっている。
ワシントン州では長年、死亡事故におけるアルコールや薬物の影響を調査してきた。下記に示されているのは、薬物陽性またはBACが0.08%以上のドライバーが関与した死亡事故の数である。これらは相互に排他的なグループではないため、それぞれの数字に1つの事故の例が重複してカウントされているものも含む。見ての通り、ワシントン州だけでなく多くの州で見られることだが、複数の薬物で陽性もしくはBACが0.08%以上かつ薬物で陽性反応(緑)のドライバーによる死亡事故件数が劇的に増加している。
緑:POLY drug(2つ以上の薬物で陽性反応もしくはBACが0.08%以上かつ薬物で陽性反応)
オレンジ:BACが0.08%以上
青:1種類の薬物のみ陽性反応(BACは0.08%未満)
ワシントン州では事故で死亡した全ての人はその事故から4時間後には血液検査を受けることになっているため、検査自体はスムーズに行われる。しかし薬物には医薬品と違法薬物があり、この判別は非常に複雑である。医薬品が適切に使用されていても運転障害を引き起こす可能性があり、さらに、薬物を服用していた場合でも他の要因による事故も多く、データだけでは判別がつかないケースもある。
Staci氏は実際に我々がとるべき対応として、下記のようにまとめた。
① データ収集・共有に関する法律の制定
・他部署と連携し事故の要因をつきとめ、得られたデータを共有する。
② 既存データの分析能力の向上
・交通機関や公衆衛生機関、その他の機関で得られたデータを分析し、改善方法を検討する。
③ データシステムの改善
・薬物検査機関の人員と設備のサポートや疫学調査プログラムの実施を行う。
・分析のための共通の言葉(例: POLY drug)の定義を行う。
上記③については、次のスピーカーのTimothy氏から有用なツールが紹介された。
(2)州の薬物乱用運転対策を支援する米国運輸省道路交通安全局(NHTSA)の「Drug-Impaired Driving Criminal Justice Evaluation Tool」について(Timothy Kerns氏)
NHTSAは2年前に専門家を集め、州が行っている事故防止の取組をより効果的にするために役立つ自己評価ツール「Drug-Impaired Driving Criminal Justice Evaluation Tool」 を作成した。自分たちの実施しているプログラムがどのような状況にあるかを簡単に把握し、様々な視点から評価するためのものである。質問は、法執行機関や検察、検査機関、医療機関など10個のカテゴリーに分かれており、プログラムを様々な目線から見ることができる。
質問はそれぞれ5段階で評価される。例えば法執行機関の分野では、「警察官がトレーニングを受けているか」、「迅速な警告システムを持っているか」、「犯罪者に対する令状を迅速に取ることができるか」などの項目がある。また、その項目における他の州のベストプラクティスも示されており、自身の州の取組との比較もできる。州の強みや改善点を知ることができ、今後の政策を考える基盤となるよう設計されている。
他機関と一体となって、医療機関や警察関係者、裁判所も巻き込み、自身の州のプログラムをより効果的に進めていくことが重要だとTimothy氏は述べ、セッションは締めくくられた。
2 Reimagining Education in a Post-Pandemic World
このセッションでは、スタンフォード大学の教育学名誉教授であるLinda Darling-Hammond氏を招き、インディアナ州議会議員のRobert Behning氏、全米州議会NCSL教育プログラムディレクターのMichelle Exstrom氏と共に、ポストコロナにおける教育システムの再構築についての議論が交わされた。
始めに、パンデミックにより、これまでの教育システムが崩れたが、この時代の流れを利用して教育システムを再考し、全ての生徒に学習の機会を与え、大学やキャリアの準備をさせるにはどうすればよいかというテーマが示された。これに対し、システムを再構築するのは難しいことであるが、新たな課題解決のためのチャンスと考えるべきだと述べられた。例えば、オンライン授業の実施に伴い、インターネット接続やPCを持たない家庭とのデジタルデバイドの問題が浮き彫りになった。30%の家庭ではオンライン授業を受けるための電子機器を持っていなかったため、州の呼びかけによって企業から提供する等の取り組みが進められた。新型コロナウイルスが今後終息したとしても、教育と学習を再定義する上でテクノロジーの利用は不可欠であることから、パンデミック前の形に戻るのではなく新しいやり方で教育を進めていくべきである。
では、教育を再構築するというのはどのようなことか、Linda氏は3つの柱に分けて以下のように述べた。
① 21世紀型の教育に移行する
20世紀の教育では、習得しなければならない事柄があり、それを身につければどのような仕事にも就くことができるというような伝達教育が原点であった。1999年から2003年の間に世界で生み出された知識の量は膨大であり、人類の知識量は大幅に増えた。子どもたちは今後、ほぼ毎年のようにこれまで発見されていないことを学び、我々が未解決の問題を解決していかねばならない。したがって、子どもたちが学ぶべきは、先述のテクノロジーの活用を前提として、①情報へのアクセス方法、②情報の意味を理解する方法、③情報を評価する方法、④情報をまとめる方法、⑤問題を解決する方法、そして⑥他の人と協力する方法であると述べられた。
② 学習のサポート
神経科学における学習の分野では、社会的・情緒的スキルや感情が、認知的スキルや学業と密接に関係していることが示されている。つまり、周りの人を信頼していたり、自分の学習プロセスに安心感があったり、自らの学びに興味関心があったりすれば、より効果的な学習効果が表れるというものである。我々は人間関係を通して学び、協力しあって学んでいることから、教育現場でもこれらのケアをしていく必要がある。
また、子ども時代のトラウマは学習に多くの影響を与える。米国では毎年4,600万人もの子どもたちが何らかのネガティブな経験をしており、その多くは貧困、食糧難、住宅難などの状況下で生じているが、親の離婚、虐待、ネグレクトなども原因の一つとなる可能性がある。これらのトラウマに対する最も重要な解決策は、強固な人間関係であり、学校は、学業や生徒の福利厚生を支えるより良い人間関係を育む要素を備え、生徒自身や家族との間に信頼、帰属意識を生み出すための時間を設けることで、子どもの社会性、情動のサポートをする必要がある。
③ 公平性に焦点を当てる
学校への公平な資金提供や、優秀な教師への公平なアクセスが行われていない州が多々見受けられる。今こそ連邦政府と州の資金を使って、私たちが必要としている場所に教育力や労働力を再分配する機会である。
また、子どもの貧困も世界では大きな課題であり、特に日本での子どもの貧困率は先進国の中で最も高く、約4人に1人が貧困状態にあると言われている。米国では、パンデミックの際、コミュニティ・スクールにおいて、ソーシャルワーカー(コミュニティ・スクール・マネージャー)が家族に連絡をとり、電子機器や食べ物を確保して家庭と学校の間の架け橋となっていた。このように学校の支援によって、全ての人が学びの機会を手に入れて経済に参加し、社会に貢献することができるのである。
次に、学力の評価方法、知的障害の生徒への教育についてモデレーターからどのような考えを持っているかの質問があり、Linda氏は下記のように回答した。
学力の評価方法(テスト形式)の検討
実際に仕事をする際、当たり前だが「今日の仕事は10問で、それぞれ5つの中から1つの答えを選んだら帰っても良いよ」と言われることはなく、状況を分析したり、情報にアクセスしたり、他の人と一緒に協力をしたりして、問題解決に向かう。学力の評価方法でも多岐選択式ではなく、どう答えに行きついたのかのプロセスを重要視した評価方法を支持するべきである。多岐選択式のテストで答えられるような内容を暗記して、テストが終わったら忘れる、という形では、未来の科学者や技術者、エンジニアを輩出できない。実際に手を動かして、ポートフォリオ型の評価方法で総合的に評価することが重要だと言える。
知的障害の生徒への教育
今回のパンデミックでは、教師と知的障害を持つ子どもの保護者との協力体制に変化が見られた。オンライン授業などで子どもが家にいる時間が長くなり、保護者が子どもの精神面のセラピーを行うなど生徒をサポートする必要が生じたからだ。教師は保護者の家庭でのサポートをより強化するよう支援する立場となり、学校と家庭で一貫性のあるサポートを受けられるようにするために尽力すべきである。
また、障害を持つ子どもにとって、学習者の学習方法やレベル、必要な知識に合わせて指導を調整できるという点で、個人指導は特に大きな価値を持つ。あらゆる種類の研究で、障害のある生徒に非常に高い成果があると示されており、世界中で個人指導は行われている。パンデミックの際にはオンラインでの個別学習も行われたが、モデルケースとして、読書が苦手な生徒(障害を持つ生徒を含む)が集められ、個人指導または少人数で教育を受けたところ、1学期の終わりには読解力は全生徒の平均値に追いついていた。つまり、「30人の子どもをクラスに入れて、全員に同じ教育を行う」という古いモデルではなく、より一層の個人化、個別化を図る必要があるのである。特に特別な支援を必要とする生徒に対しては、その部分に焦点を当てて教育を行うことが重要とされる。
最後に、今こそパンデミック前の「普通」に戻るのではなく、学習と発達の科学から得られた知見に基づいたニューノーマルを作り出すことが新しい時代の教育の規範となると述べられ、セッションは締めくくられた。