独特な臭いが鼻をつく大麻の煙。アメリカに来てから何度嗅いだことだろう。筆者はマンハッタンの西側を流れるハドソン川の対岸、ニュージャージー州側のアパートに住むが、最初にこの臭いに気付いたのは、赴任して間もない頃、自宅でシャワーを浴びていた高校生の娘だった。「どこからか変な臭いがする。」と訴えられ、臭いの元を辿ると、どうやら洗面室の換気口からきているようだ。経験上(使用ではなく仕事の)、大麻の臭いであることはすぐに分かった。ニュージャージー州でもニューヨーク州でも娯楽用としての使用は合法化されていない(2019年当時)はずだが、アメリカだから仕方ないのかなと大して気にも留めなかった。ところが、それから週に一回程のペースで我が家に臭いがなだれ込み、そろそろ何とかせねばと考えていた頃、「アパート内でマリファナ(大麻)の使用を確認した場合には警察へ通報します。」と書かれた管理人によるビラが各部屋に配られた。他の住民も臭いに辟易していたのだろう。
このことがあってから何となく意識をして街を歩くようになったが、確かに、夜になると自宅周辺の川沿いやマンハッタンの路地裏などで人目を避けながら煙を吐いている者を時折目にする。日本における大麻の所持は「大麻取締法」によって規制されており、娯楽用のみならず医療用においても一般には認められていない。罰則も、都道府県知事の免許を受けた者以外が所持等した場合には5年以下の懲役と規定され、決して軽い罪ではない。現場で取り締まっていた立場からすると、州によっては娯楽用も認められている米国の状況には正直、大きな違和感を覚える。元々はGHQの要請により規制が始まったとする話もあるが、今日では米国の多くの州が、娯楽用マリファナを認める流れになっているのも皮肉な話だ。隣国カナダでは2018年10月に娯楽目的の使用が認められ、主要7カ国(G7)ではじめての合法国となっている。
最近の娯楽用解禁の動きに関して、先月、ニューヨークタイムズ紙にニュージャージー州の住民投票によりマリファナの娯楽使用が認められたという記事※が掲載された。実施に関する詳細は今後、委員会で取り決められるようだが、これまで何度も法案が否決されてきただけに、解禁派にとっては快挙となった形だ。解禁が認められた要因としては主に、州の財政確保とマイノリティの人権確保の2つが上げられている。大麻購入に際し、6.625%の州税の他、州内の各自治体はそれに2%の税金を上乗せできるとされ、年間約1億2,600万ドルの税収が確保されると試算されている。3月以来の新型コロナの影響により予算不足となっている州にとっては大きい収入となりそうだ。また、これまで大麻の違法所持の取締りに関しては、人種間での逮捕率が大きく異なることも問題となってきた。黒人などのマイノリティーと白人の間では、大麻の使用率が大きく変わらないにもかかわらず、大麻所持で告発される確率が黒人は白人の3倍となっている。今回の合法化により、少なくとも大麻所持を理由とした不平等な取締の減少が期待されている。フロイド氏の事件など、度重なる白人警察官による差別的事件の影響も、解禁を後押ししたと言えそうだ。また、記事では触れられていないが、合法化して公に管理することにより、闇組織への資金流入の阻止も期待できるはずだ。
一方ニューヨーク州では、パンデミック前の今年1月、クオモ知事が大麻の合法化を優先事項の一つに挙げている。既に同州では医療用大麻の使用は認められているが、隣州ニュージャージーの合法化の影響を受けて、知事に同調する動きが加速することも考えられる。
過去に大麻を使用した経験を持つアメリカ人が1億2700万人(2019年)にも達し、10年前より2300万人も増加したとする統計も見られる。また、12歳以上で過去一年間に使用した者は4800万人(同)とも示され、人口3億3000万人からすると、かなりの割合の者が経験していることが窺える。ここまで国民に浸透していると、規制する明確な根拠を示さない限り、現在の解禁傾向の動きを止めることは難しいのかもしれないとも思われる。
繰り返しになるが、過去に違法ドラッグの取り締まりや規制薬物の市場調査など「人の生活に悪影響を及ぼす虞のあるもの」を根拠として、それを信じて業務に従事してきた(今でも信じているが)筆者としては、理由が何であれ、全米的な昨今の大麻解禁の流れに対しては少々腑に落ちないが、アメリカ的ともいえる合理性や柔軟性といったものも感じられる。また、最後に付け加えておくが、大麻取締法24条の8では、日本国外で大麻を所持、栽培、譲受、譲渡などの行為を行った場合には国外であっても処罰の対象となる旨、国外犯規定として定められているので、参考まで。
※https://www.nytimes.com/2020/11/03/nyregion/nj-marijuana-legalization.html