ニューヨーク市の住宅復興事業「ビルド・イット・バック」は、ハリケーンサンディの襲来から四年経った今も、これまで何度も事業の見直しの発表があったにもかかわらず、いまだにその目的が果たされていないことがわかりました。
発端は、9月21日のWall Street Journal(WSJ)の記事で、「最終的に同事業が5億ドル (約562億円)の赤字になり、これを埋めるための連邦政府からの助成金が不足していることから、市長室はその代わりとして、市のインフラ整備の予算や他の資金を復興事業に回す」と報じられたことです。元々2万人以上の申請者がいたところ、実際に援助をもらう数は半分以下の約8,500人になったにもかかわらず、依然として巨額の費用がかかることが判明しました。
その上、デブラシオ市長は、昨年の2015年10月29日にサンディの三年目の記念祭の時点で、2016年の終わりまでに同事業が完成されると公約したものの、2016年10月19日に発表された進捗レポートについての市長のコメントにおいて、締め切りに間に合わないことを明らかにしました。
市議会は、市長室からの情報提供に対する不満と予算の勝手な取り扱いへの疑問を抱き、9月22日と10月20日に二回ヒアリングを行い、市長室住宅復興事業の長とニューヨーク市管理予算庁の副長官に質疑応答をしながら批判を浴びせました。
事業の問題の原因は様々ありますが、基本的な一つは、費用便益分析が行われなかったことです。復興対策として、住宅を修復すると決め、市民を元の家・元の地域に再び住まわせるなら、命と財産を守るためにインフラの強靭化が必要です。対応策はいろいろありますが、住宅をかさ上げして最高水位と予測されている点よりさらに高く上げることが方法のひとつです。ただ、今回の場合は、結局、かさ上げするためには、構造的な問題等を持つ住宅が予測していたよりも遥かに多く、地盤の弱い場所での工事が想定していたより困難で、工事が予定通りに進まず、コストが膨張しました。
振り返ると、最初から、事業が提案された危険区域にある住宅の買い上げ政策をもっと積極的に実施し、かさ上げする建物を調査して、そのままかさ上げするか、あるいは取り壊して完全に建て替えたほうが経済的かという判断をするべきだったと言われています。
費用便益分析の欠如を代表する例を挙げると、9月上旬に行われた53軒の住宅のかさ上げ工事に係る入札で、大手建設会社がおよそ5,000万ドル(約56億円)で落札したことも、上記の9月21日のWSJの記事によってわかりました。一軒で100万ドルに近いコストは平均でその物件の価値の約2.5倍から3倍までの金額になります。この50軒は普通より困難な作業を要求するそうですが、それでも、経済的な面から見ると、建て直しまたは買い上げのほうが適切ではないでしょうか。
2016年10月のレポートでは、率直にビルド・イット・バックの当初の官僚主義的な申し込み・承認プロセスや修復工事に重点を置いた問題を認め、2016年の終わりまでに工事を完成できないことも発表してはいるものの、(いつものことではありますが、)全体的に肯定的な書き方になっています。確かに、2014年1月に、ブルームバーグ前市長から引き継いだときには、所有者への支払いも着工の例も一つもありませんでしたが、申し込み手続きと意思決定過程の合理化、支援へのアクセスの改善、職員や専門家の増員、承認や資金支出の過程を速やかにする改善策を実施したおかげで、今年度末までに9割の事業の参加者に小切手による支払いまたは着工を、デブラシオ市長は同レポートの冒頭で公約しました。
その上で、依然として残っている問題を解決するために、二つの新政策も発表しました。一つは、工事や解体作業の妨げになっている建設基準法違反等があっても工事を進行できるようにすることと、もう一つは、一番困難な住宅の復興工事の場合、代わりに買い上げすれば最高金額を50万ドルから65万ドル(約5,725万円から7,443万円)に引き上げることです。
しかし、住宅復興事業が終わっても、その他にもサンディの被害の爪あとを負っている住宅が残っており、ニューヨーク市が進めるインフラの強靭性を高める事業と共に、個人やボランティア団体による復興の努力が続きます。
ご参考に:2015年のレポートhttps://www.jlgc.org/ja/4-28-2015/
2014年のレポートhttps://www.jlgc.org/ja/4-7-2014/
2013年のレポートhttps://www.jlgc.org/ja/7-9-2013/
Matthew Gillam
2016年12月