ブルックリン区は、1898年にニューヨーク市に合併される以前、全米で4番目に人口の多い、一つの独立した市でした。ニューヨーク市の一部となってからは、さらに開発が進み、最近では、マンハッタンよりおしゃれな街としてのイメージが定着してきたといわれています。
しかし、そのイメージの一方で、区内あちらこちらでちょっとした田園風景を見ることができます。その大半は、都市の空き地を利用して住民が小規模農業等を行う、いわゆる「コミュニティーガーデン」です。しかし、IKEAといった商業施設があるエリアのすぐ近くには、レッド・フック・コミュニティー・ファームという広い農場があります。
レッド・フック(Red Hook)地区はブルックリン区の海岸沿いに位置しています。昔から工場や船渠が集積し、貨物を輸送するための鉄道が走り、そしてそこで働く労働者階級のための住宅が混在している地区でした。20世紀後半には低所得者層向けの公営住宅がいくつか建設された一方で、スーパーなどの小売り商業施設は少なく、交通の便もあまりよくありません。最近、ブルックリン地区全体の人気が上がっているのに伴い徐々に住民が入れ替わり、生活水準も上がりつつありますが、依然、中・低所得者層が多く住む地区であるといえるでしょう。
そんな中、レッド・フック地区のコミュニティで活動をしていた二人の男性が、地区の若者に希望を与えたいとの思いから、2000年にAdded Valueという非営利団体を設立しました。Added Valueでは、少年鑑別所から釈放された若者などを対象としたトレーニングプログラムを提供し、自立した社会人になれるよう、技術訓練や生活のアドバイスを行いました。翌年、地域唯一のスーパーが閉店となったのを契機に、Added Valueはグリーンマーケットの運営を始めました。そして若者の職業訓練として、野菜を栽培すると共に、収穫されたものや、ニューヨーク市周辺から入荷した野菜を販売し始めました。
当初、畑はアスファルト敷きの公園の片隅に設置されました。アスファルトの上にマルチ(腐葉土)を20~30センチ程度積み、そこで野菜を育てていました。しかし、この事業はかなり評判を呼び、参加希望者が増えたたために、更に多くの面積が必要となりました。また、Added Valueはコーネル大学の農業公開講座事業とも提携することになりました。そこでAdded Valueはニューヨーク市公園局と交渉を重ね、その結果、2003年には公園の全面積が畑となりました。
その後Added Valueはファームの運営を通し、学生のための農業体験のレッスンを行ったり、若者向きの職業訓練のプログラムを実施していました。しかし、2012年10月、スーパーストームサンディと呼ばれるハリケーンがニューヨークを襲った際、深さ1メートルもの海水が畑に押し寄せ、土壌が塩害にあってしまいました。塩害にあった土壌を回復させることは難しく、最終的には、全ての土を入れ替える必要がありました。しかしこの時、サンディの教訓を元に、ニューヨーク市は高さ70㎝程度のコンクリートブロックを公園周囲に設置することにしました。そして、その中にAdded Valueのボランティアがマルチ(腐葉土)を入れ、新しい畑を作りました。現在では、公園約1.24ヘクタールの敷地の中に、約0.8ヘクタールの畑やマルチの生産所、収穫物の販売所や学生の体験プログラム用テントなどが設置されています。
ちなみに新しい畑を作る際も、地表のアスファルトはそのまま残し、その上にマルチを積みました。これは、前述のとおりこの地域が過去に工場地域であったため、土壌が汚染されている恐れがあるためです。アスファルトがあることで、土壌とマルチが接触しないようになっています。
ファームで使われている電力は、全てソーラーパネルによる太陽光発電でまかなわれています。そして電力以外は、可能な限り人力で補っています。また、マルチ(腐葉土)の生産にあたっては、ブルックリンにある他のグリーンマーケットで売れ残った野菜・果物や、近所の家庭から出た食べ残しなどを集めて利用しています。例えば自治体が実施するマルチング(腐葉土作成)の事業では、有機廃棄物を大きなトラックで長距離運び、大型機材で生産することが多いですが、レッド・フック・コミュニティー・ファームのやり方はもっと自然にやさしく持続可能な方法です。ただ、事業を継続的に実施していくためにはコミュニティにおけるパートナーの協力が不可欠であり、また、大量生産は困難です。
Added Valueが事業を進めていくうえで、課題の一つは資金調達です。自治体からの助成金や寄付金はありますが、安定持続した調達方法ではありません。収穫物の販売による利益はありますが、やはり不安定です。農業者が安定的な販売利益を得るためのシステムとして、Community Supported Agriculture / CSA (コミュニティが支援する農業)があります。これは、個人が生産者側と契約を結び、個人は一定額を生産者側に支払い、生産者は収穫物を定期的に個人に提供するというものです。レッド・フック・ファームはCSAのネットワークにも参加していますが、やはりそこから得られる収入はそれほど大きくはありません。今後事業を行っていくうえで、助成金等に頼ることなくどのように安定・持続的に運営していくかが、これからの課題です。
Matthew Gillam
2014年11月