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「アメリカ人にもマスクを」~アメリカ疾病予防管理センターの役割~

アメリカ人はマスクをしない――これが覆された。今年4月に入るまで、ニューヨークではマスクを着用している人の姿をほとんど見かけなかった。新型コロナウイルスが世界で話題になって以降、マスクを着用しているとむしろウイルスに感染しているのではないかと、すれ違いざまに嫌な顔をされたり、避けられたりした。多くのアメリカ人が、マスクはウイルスへの感染を予防するためではなく、ウイルス保持者が周囲への感染を防止するために着用するものであるという感覚を持っている、というのが理由の一つかもしれない。それが今では、スーパーで買い物をするにも電車に乗るにもマスクの着用が義務となり、マスクなしでは生活すらできない。その結果、街を歩く人は今、大方マスクを着用している。

クオモ・ニューヨーク州知事は、4月12日、「雇用主は、公の場で働く従業員に対してマスクを提供すること」、同月15日、「すべての人は、公衆の場においてマスクまたはフェイスカバーを着用すること」、5月28日、「ビジネス主に対し、マスクまたはフェイスカバーをしていない人の入場拒否を認める」という執行命令を発出している。

公衆衛生部門において、政府の判断や人々の行動に対し最も大きな影響を与えている機関の一つに「アメリカ疾病予防管理センター(Centers for Disease Control and Prevention(以下「CDC」という。))」が挙げられよう。CDC――パンデミック以降、テレビニュース、新聞、SNSなど各種メディア等で頻出してきた単語である。

CDCは1946年に創設され、アメリカに住む人の健康と安全の保護を主導する立場にあるアメリカ合衆国連邦政府機関で、科学研究や健康に関する情報提供を行っている。本部はジョージア州アトランタに所在し、ワシントンD.C.、カリフォルニア州、コロラド州など国内各地に支部を有している。職員数1万人強、年間予算120憶ドル強と、いわば巨大組織である。また、職員の構成は詳細には明かされていないが、採用関連のウェブページからは、免疫学や生物学等各分野の科学者及び研究者、救急、教育、IT等のスペシャリストなど、多岐にわたっていることがうかがえる。新たに発生する健康への脅威の特定及び対処、健康的で安全な行動・コミュニティ及び環境の促進などを活動内容としている。

アメリカ国内で初めて新型コロナウイルス感染者が確認された1月21日、CDCは新型コロナウイルス対策専門チームを設置。地区ごとの感染・死亡件数、さらに年齢、人種等患者個人の詳細データ(個人を特定できる情報を除く)を州または地方の健康衛生当局から収集し、それらのデータを用いて、国内の感染拡大状況の追跡や高リスク集団の特定などを行っている。また、感染症患者の接触情報や健康への影響を分析し、公的機関、高リスク集団、医療従事者などを対象としたガイダンスの作成等を行っている。

「マスク着用に関する考慮事項」は、コロナ禍においてCDCが発出しているガイダンスの代表例といえる。「公共の場や、同居していない人の周囲にいるとき、特に他者との社会的距離を維持するのが難しいときは、マスクを着用することを勧める」、「マスクは、公共の場で広く使用されている場合において、新型コロナウイルスの蔓延を抑える可能性が最も高い」とするものであるが、この見解に行きつくまでには経緯がある。

1月30日、CDCはブリーフィングにおいて、「現在、一般の人々にフェイスマスクの使用を推奨していない」とし、その後同様の発言が以下3月10日に至るまで複数回繰り返されている。2月5日のブリーフィングでは「アメリカ国民が外に出てマスクを買うべきだとは思わない。現在、アメリカで日常生活を送っている通常のアメリカ国民が危険にさらされているとは思わない」とする一方、医療従事者のためにマスクを確保する必要性について一歩踏み込んで言及した。続く2月12日のブリーフィングでは「CDCは現在、一般の人々にフェイスマスクの使用を推奨していない」が、「病気または入院を伴わない検査中の患者はすべて、人の周囲にいる場合や医療機関に入る前にマスクを着用することを推奨する」としており、この頃から見解を変え始めている。一方、3月10日のブリーフィングでは「今が、アメリカ人が外に出てマスクを手に入れる時だとは全く思わない。…マスクを購入する衝動と戦い、本当にそれらを必要とする人々のために確保するようにお願いする」としており、医療用マスクの不足に対する懸念が再び強く表明されている。ガイダンスが「公の場に出かける必要があるときは、誰もが布製のフェイスカバーを着用する必要がある」という内容に公式に変更されたのは4月3日のことであった。もしこれが1か月前だったら、世の中は大きく変わっていたのだろうか。

CDCが発信する情報が政府の意思決定や人々の行動に与える影響は、決して小さくないだろう。一方で、その性質はあくまで情報提供にすぎず、CDCは政府の意思決定や人々の行動について一定のことを強制する「権力」を持たない。世界的に絶大な「権威」を持っていることは確かであるが。

CDCは10月14日、ワクチンが年内に限定的に供給される見込みであることを発表した。当面は、マスクが「最も有力な武器」の座にとどまりそうであるが、CDCがいつか、新型コロナウイルスの収束を告げる日が待ち遠しい。

(大橋所長補佐 総務省派遣)