ポートランドはアメリカ西海岸のオレゴン州北西部に位置し、人口は州最大の約66万人の都市である。英国の雑誌「Monocle」が発表したQuality of Life Survey(※1)でランクインしたこともあり、アメリカ国内でも「住みやすい街」として認知されている。また、その事実を裏付けるように、多くの人々が移住し、年々人口は増加している。
【アメリカ国勢調査局のデータを基に筆者作成】
日本でも都市の「コンパクトシティ化」に向けて政策が打たれているが、ポートランドはコンパクトシティの代表的な成功例とされている。州政府がUGB(Urban Growth Boundaries:都市部成長境界線) を設定することにより、周辺の豊かな自然や農地を残しつつ、都市開発の範囲を境界線の内側に限定している。都市の中心部から郊外までの距離が近いため、いつでも美しい山や海にアクセス可能であると同時に、旬の農産物を産地直送で容易に手に入れることができる。また、都市部のほとんどのエリアではバスや路面電車などの公共交通機関で移動でき、交通手段で困ることはない。
(※1)犯罪率、医療費、教育費、ビジネス環境などのデータを基に、世界の25都市を比較し、ランク付けしたもの。緑地、文化、太陽の光、地元企業などを調査した住みやすさの評価も加味されている。
Neighborhood Associationとは
ポートランドの街づくりにおいて特筆すべき点としては、住民の積極的な市政参加を奨励していることであろう。その仕組みの一つとして、ポートランドには「Neighborhood Association:近隣組合(以下、NA)」制度がある。これは、日本の町内会や自治会に類似した組織だが、下記の点などから厳密には日本の町内会や自治会とは異なる。
1.市に公式に認定された組織であること(市の条例で、政策決定や予算策定のプロセスに関わる機関としての役割が明確に規定されているため、計画の策定プロセスに関与できる)
2.世帯単位ではなく、個人単位であくまで自主的に加入すること
3.運営資金として市から毎年一定額が支援されること
4.活動内容はまちづくり全般(近隣計画、土地利用計画を含む)であること
NAは市内に94あり(2021年10月時点)、それぞれが7つの「Neighborhood Coalition:地区連合」のいずれかに属している。また、市の「OCCL(Office of Community & Civic Life):コミュニティー・市民生活局」は、NAや他のコミュニティー団体にリーダーシップの養成や技術的な支援・助言を行っている。各地区連合にはOCCLから職員が派遣されているものの、地区連合は市の出先機関ではなく、あくまで独立したNPO団体として各NAと市の架け橋の役割を担っており、NA→地区連合→市という流れで住民の声を市政に反映させている。NAは、地域の土地利用や住宅、コミュニティー施設の建設の提案など、近隣地域の居住、安全性、経済的活力に影響を与えるテーマについて、市の機関に対して政策に関する勧告を行っている(※2)。住民自身に近隣地区のマネジメントの責任が生じるため、帰属意識や地域への誇りが芽生えるのであろう。
【ポートランド市HPより】
筆者が住んでいるニューヨーク市でも、コミュニティーを基盤とし、住民の声を吸い上げるための団体である「Community Board(コミュニティー委員会) 」が市内に59設置されているが、半数のメンバーはコミュニティーが所在する選挙区を代表する市議会議員によって指名されることから、あくまで参加の自主性を重んじるNAとは性質が異なる。ニューヨーク市のCommunity Boardに関する詳しい情報については、下記の当事務所クレアレポートvol.247「米国のコミュニティー協議会(ネイバーフッド協議会/近隣協議会)」の「その4」を参照されたい。
【参考】CLAIR REPORT No.247 その2 その3
議会と行政の関係
アメリカでは、議会が行政の専門家を任命し、議会が決定した政策を実行する責任と義務を委ねる「議会―支配人型」や、日本と同様に公選の首長を置く「市長―議会型」を採用する自治体が多い(※3)。しかし、ポートランド市は議員が行政各部局のトップを兼ねる「コミッショナー制」を採用している。議会は議員4名と市長1名から成り、それぞれ各部局のトップを任されている。コミッショナー制のメリットとしては、担当部局の革新的な取り組みを進めやすいほか、効率的に物事を決めやすいことが挙げられる。また、各コミッショナーの担当分野が明確に決められているため、誰に何を言えばよいか分かりやすい。地域の声を行政に届けるNAのシステムが機能しているため、議会は「地域の代表である」こと以上に、「住民が求めていることに対応する」ことを重視している印象を受ける。
最後に
ポートランドの住民自治を支えてきたシステムは、今もなおNAが基盤にある。住民の意見を政策に反映させるシステムは、街づくりへの参加の意欲を高める要因の一つになっている。官民一体となって取り組む姿勢こそが人々を魅了する「住みやすい街」づくりに繋がっているのであろう。