コロナウィルスの影響による米国の社会と経済の一番大きな課題の一つは、おそらく、「オフィス復帰」でしょう。この表現を聞くと、パンデミック以前と同じような仕事ぶりに戻るというイメージが強いでしょうが、よく見ると、違います。「オフィス復帰」の話を追求すると、様々な意味を持つことが明らかになってきます。
ニューヨーク市でアダムス市長が6月1日に発表した「オフィス復帰の方針」は、パンデミック前の週5日出勤制度への完全な復帰を指摘しました。でも、これは(テスラや一部の金融関係の企業を除いて)例外的です。アップルの場合、「オフィス復帰」を続けて呼びかけてきましたが、変異種の発生などによって繰り返し延期となり、現時点では、週2日から週3日程度に出社を増やすという意味です。それでも社員の反対が強く、週3日の出勤でもかなり難しそうです。ブルームバーグニュース等によると、グーグル・マイクロソフト・アマゾンを含めた他の大手企業がアップルより柔軟な対応方針をとっているそうで、完全な在宅勤務を認める場合まであります。
ニューヨーク市の場合、New York Timesなどによると、市職員の辞職が増える一方で、NY1によると、欠員率が2020年1月現在の1.6パーセントから、2022年6月現在は7.9パーセントに上りました。市の雇用制度の問題や民間企業との競争に加え、市長の厳しいオフィス復帰の方針が原因であるといわれています。市が職員数を予算上増やそうとしていても、人数が集まらないことが現実です。
全米を見ると、「オフィス復帰」の論議がほとんど大都会、特にニューヨーク市、の問題で、それ以外のところではもうすでに従業員の多くがオフィスに戻っています。New York Timesによると、ニューヨーク市などの東海岸と西海岸の都市では、オフィス復帰に抵抗する傾向が根強い代わりに、それ以外のところでは早い段階から(2020年の秋からでも)大半の従業員がオフィスに戻っていました。
Work From Home Researchという団体の調査によると、全米で、パンデミック発生後、2020年の秋まで、10の大都市ではオフィスワーカーの在宅勤務の割合が50パーセント以上でしたが、それ以外の都市では43パーセント前後でした。それから、2022年6月までには、大都市の場合、38パーセントまで下がりましたが、それ以外は27から29パーセントまで落ちました。
ただ、この場合でも、必ず、週5日制度に戻ったわけでもないようです。同じ調査によると、勤め先の計画として、平均、一週間の在宅勤務を2.4日にする見込みだそうです。メディアの情報や幾つもの調査結果を見る限り、「オフィス復帰」と言われても、伝統的な週5日制度ではないことが明らかになってきます。少なくとも、パンデミックの前より柔軟なスケジュール構成ができるようになっているでしょう。
雇用主側は、従業員にいくらオフィスに戻ってきてもらいたくても、「オフィス復帰」を呼び掛ける度に変異種が発生し、これを何度も繰り返すうちにだんだん従業員側に在宅勤務の習慣が根強くなっていき、雇用主側が諦めてきたようです。しかし、この状態がいつまで続くかは多少疑問です。現在、新規雇用の状況が厳しく、8月現在で、平均、2つの空いているポジションに対して求職者が一人しかいないので、競争が激しく、求職者のほうの立場が有利です。したがって、求職者が在宅勤務の選択肢を提供する企業にしか行かないという条件を付ければ、企業は人手不足を解消するためにそれを認めるプレッシャーが高いです。しかし、将来、雇用が減ったり求職者が増えたりすると、雇用主のほうの立場が強くなる可能性があります。
在宅勤務が好まれる理由として、様々なことが指摘されます。特に、ニューヨーク市では、地下鉄などの治安が悪くなった印象が強く、利用したくない人が多いです。車通勤の場合は、ガソリン価格の高騰が問題です。どちらにしても、通勤に時間(場合によって一日往復2・3時間ほど)を費やす必要がなくなるのは誰でも歓迎するでしょう。全面的に、オフィスに行くと、通勤の費用(注:米国では通勤手当は支給されないのが一般的)の上にコーヒーやランチ、また、服や靴などにもお金を注ぎ込む必要がありますが、家で仕事をするとかなり節約できます。この「節約」というのは、「昇給」と同じようなことです。したがって、「オフィス復帰」は減給に相当するわけです。また、歴史的な高水準のインフレが続く現在では、皆がさらにそのような「減給」に敏感です。
また、子供の世話や介護をする人であれば、在宅勤務はフレキシブルで助かります。ワークライフバランスがよくなったともよくいわれます。
能率への影響が不明瞭ですが、よくなったという印象を持つ人も多く、これを理由にオフィスに戻りたくないと会社に主張しているそうです。Partnership for New York City(PFNYC)の9月のオフィス復帰の調査によると、回答者の36パーセントの企業は従業員に意見を尋ねたところ、在宅勤務の能率がオフィスに比べたら同じあるいは高いと訴え、オフィス復帰に抵抗している第一の理由です。おそらく、各企業の状況や在宅勤務のやり方によって違うでしょうが、確かに、疲れの具合や時間の充実した使い方ができます。同要因(能率、生活の質、疲れ具合など)を鑑み、従業員はコロナウィルス自体に対する不安が薄れてきても、オフィス復帰に消極的なままです。
企業側にとって、オフィス復帰を進める目的はいろいろあるでしょう。率直に言うと、マネージャーは部下を直接管理したいからといえるでしょう。しかし、確かにチームビルディングは大切で、新入社員や同僚と相談しながら仕事をする人であれば、オフィスにいるのが望ましいでしょう。単に職場が好きで戻りたい人もいるようです。あるいは、住んでいるところが狭いとか、うるさいとか、仕事できるような環境ではなく、フルタイムではなくても、オフィスに行きたがる人も結構いるようです。
同PFNYCの調査によると、ニューヨーク市では、完全在宅勤務の従業員は16パーセント、また、週5日出勤は9パーセント。37パーセントが週3日出勤で、残り(週1日、2日、4日)が平均13パーセントずつとなっています。また、事業者単位でみると、77パーセントがハイブリッドワークを導入しているあるいは導入する予定があると回答しています。週5日制度に戻っているのは10パーセントのみです。9月中旬現在、平均49パーセントのオフィスワーカーが事務所にいます。4月の平均38パーセントより大分増えましたが、まだ半分以下です。ニューヨークタイムスによると、オフィスセキュリティの会社のKastle SystemsやMetropolitan Transit Authorityのデータを見ると、その増加のほとんどが夏の終わりを意味するLabor Day(今年は9月5日)の連休の後にありました。コロナウィルスが収まり、夏休みが終わり、また、学校が始まり、精神的に2・3日でもオフィスに戻りたくなった人が増えたといえるでしょう。しかし、これ以上どれぐらいさらに増えるかは疑問です。
確かに、店員や労働者など、在宅勤務ができない人も多数いますが、それ以外の人、特に、大都会で働く人にしか当てはまらない話としても、今後ハイブリッドワークが健康保険や有休の日数等と同じように企業が従業員に提供するベネフィットの一つになるのではないかと予測されます。少なくとも、雇用情勢により、従業員の有利な立場が続く限りは続くでしょう。
Matthew Gillam
上席調査員
2022年9月26日