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2011年ニューヨーク市の殺人事件 ~人種比等からの検証~

本年6月に昨年2011年のNY市の殺人事件の件数の詳細が発表された。この統計数字はニューヨーク市警察(NYPD)のホームページで発表されたもので誰でも簡単に見ることができる。

このNY市の統計とほぼ同じ規模の人口を持つ東京都との数字を可能な限り対比させながらこの統計を考察していきたい。

まず、最初の対比としてNY市の人口は約800万人、東京都の人口は約1,300万人。警察官の数はNY市が約3万5千人。東京都が4万3千人。殺人事件の死亡者の数はNY市が515人、東京が38人(2010年の数字。以下の数字も同様)である。

NY市の殺人事件の数は東京の約5倍と言われるが、これは東京の殺人事件の認知件数がおおむね約100件だからである。しかし、認知件数というのは未遂事件も含まれているので、実際に殺害された死者数だけを比べると10倍以上の数値になっていることが分かる。

このNY市の殺人事件の統計にある数字は2011年以前(ある事件は1979年まで遡る)に傷害を加えられ2011年に亡くなった方と2011年以前に亡くなったが、2011年に新たに殺人の被害者として医師または警察の捜査により殺人事件の被害者として特定された27人も含んでいる。

以下の項目には、これら515人の被害者と捜査の結果明らかになった373人の加害者の分析結果が示されている。

殺人事件一般的概要

NY市の殺人事件の動機

  • 憤怒・怨恨 38%
  • 薬物関連 12%
  • 家庭内暴力 18%
  • 強盗 9%
  • 抗争事件 5%
  • 不明 15%
  • その他 4%

日本の殺人事件の動機(2010年全国994件)

  • 憤怒・怨念 66%
  • 家庭内暴力 8%
  • 生活困窮・利欲 6%
  • 不明 5%
  • 精神傷害等 4%
  • その他 11%

この数値については、東京都の殺人事件の動機について公表されていないため、日本全国の数字と比較した。日本の殺人事件の動機の約4分の3が憤怒・怨恨、家庭内暴力であるが、NY市の場合はその割合は半数となり、薬物関連、強盗、抗争などの割合が高くなっている。

殺人事件の発生時刻

殺人事件の発生時刻 NY市

33%が午後11時から午前5時の間に発生している。

27パーセントが午後11時から午後5時の間に発生している。

この発生時間の数字を比べてみると、NY市の場合は午前中に事件が少ないことが分かる。東京の場合は、特に集中しているという時間帯はなく、数字が偏っていないことが分かる。NY市では夜間に殺人が行われるが、東京では偶発的な殺人事件が多いとも読みとることが可能である。

殺人事件の手段

NY市

  • 銃撃 61%
  • 刺殺 22%
  • 殴打 10%
  • 素手 5%
  • その他 2%

東京都

  • 銃撃 1%(総数のうち1件のみ)
  • 刺殺 50%
  • 殴打 3%
  • 素手 20%
  • その他 26%

NY市と東京都の殺人事件の特徴の一番の違いといえばやはり殺害の手段であろう。NY市の場合は6割が銃を使用しているが、東京都の場合は銃が使われた事件は1件のみである。逆に東京都の場合、半数近くが刃物を使用しているが、NY市の場合は22パーセントにとどまる。

東京都の「その他」の数字が高いのは、ひもやロープ、鈍器といったもので殺害する事件が多いからである。

この殺害の手段については、殺人事件の件数の多寡にも重要な関係がある。つまり刃物やひも、鈍器などで相手を殺すのはかなり難しいが、銃で相手を殺すことは容易だということである。しかも銃は女性、子供でも簡単に使用することができる。逆に女性や子供が刃物で相手を刺し殺したり、鈍器で相手を殴り殺したりということは物理的にも肉体的にもかなり難しい。

日本の場合、殺人事件の動機が憤怒・怨恨が一番多い。これは「咄嗟にカッとなって相手を殺害してしまう」という状況が多いということを示している。もし仮に日本にも銃があり、それが手元にあったと仮定した場合、その銃を使って相手を撃ってしまうという確率が高くなるのは言うまでもない。言わずもがなであるが、銃の有無で殺人事件の件数は大幅に左右されてしまうのである。

NY市の殺人事件の被害者について

NY市の統計では、殺人事件の被害者の情報が詳細に記されている。これに対して東京都の数値には被害者の情報はほとんど無い。もちろん、統計はあるが、それを公表するかしないかの差に殺人事件に対する姿勢が現れている。

○ 誰が殺人事件の被害者となるか? 515人の被害者の60%以上が黒人

表1

  • 4%アジア人
  • 62%黒人
  • 26%ヒスパニック
  • 8%白人

ニューヨーク市の人口23パーセントが黒人だが、殺人の被害者となった62パーセントが黒人である。被害者全体の38パーセントが16歳から37歳の黒人男性となっている。さらに16歳から21歳の黒人男性の被害者のうち86パーセントが銃で殺されている。

46パーセントのニューヨークの人口が白人、アジア人であるが、殺人事件の被害者となっている白人、アジア人は合わせても12パーセントしかない。

○ 5分の1が女性の被害者

表2

  • 20%女性
  • 80%男性

女性被害者のなかで、32パーセントが銃器によって殺害されている。これに対して男性の場合は68パーセントが銃器によって死亡。

54パーセントの女性被害者が家庭内暴力での被害者となっている。家庭内暴力の男性の被害者は9パーセント。

○ 75パーセン近い被害者に逮捕歴がある

表3

  • 74%逮捕歴有り
  • 26%逮捕歴無し

逮捕歴がある被害者のさらに38パーセントの被害者が薬物密売や薬物所持の前歴である。

5分の1の被害者が殺害された時点で保護観察中、あるいは逮捕状が出ていた者であり、11パーセントの被害者がギャングの構成員。

64パーセントの女性被害者も逮捕歴を持っていた。

○ 被害者の5分の3が16歳から37歳

表4

  • 5%が15歳以下
  • 62%が16歳~37歳
  • 33%が38歳~95歳

 

2011年の殺人の被害者の平均年令は33歳、中間年齢は29歳であった。

2011年の殺人の被害者で、5パーセントが15歳以下の児童。これらの被害者児童のうち58パーセントが3歳以下であった。

16歳から37歳の被害者の割合は2010年の数値に比べ70パーセントから62パーセントに落ちたが、60歳以上の被害者の数は2倍近くに跳ね上がった。

被害者についての考察

以上がNY市の殺人事件の被害者のデータである。先にも述べたが、この被害者のデータを公表するかしないかということが非常に興味深い。NY市の場合、この統計の表3を見ると、殺されている被害者が、「逮捕歴を有する」、「違法薬物に手を出している」、「ギャングの構成員」等のデータであり、いかにも被害者にも非があると示しているようなものである。

つまり、「悪いことをしているから殺されてしまうのだ」いうイメージが表を見るものに植え付けられる。

この表3を示すことによって、NYPDは通常のまともな生活をしているNY市民に対して、「普通の生活をしていれば危険はない」という安心感を与える目的があると考えられる。

また、他人種間での殺人事件の発生が少ないことも特徴としてあげられる。やはり同じ人種、同じコミュニティ内で事件は起こりやすいのである。

殺人事件の被疑者について

373人の被疑者の人種(逮捕されていない者も含む2012年3月14日まで)

表5

  • 3%アジア人
  • 59%黒人
  • 33%ヒスパニック
  • 5%白人

ほぼ60パーセントが黒人である。黒人被疑者が殺害した83パーセントの被害者が同じく黒人であった。

2010年から2011年で黒人の被害者数は前年比10パーセント減少。殺人事件の被害者の全体数が減ったのは、黒人の被害者が減ったことによるものである。

同様にヒスパニック被疑者が殺害した66パーセントの被害者が同じヒスパニックであった。

アジア人と白人の被疑者の55パーセントが家庭内暴力等から殺人を起こしている。

東京都の数字については、被疑者の人種についての統計無し。ちなみに外国人による殺人事件は8件(約7.5パーセント)(内訳中国人4名、韓国・朝鮮人2名、フィリピン人1名、その他1名)となっている。日本はほぼ単一民族といっていい国家であるから人種別の統計が重視されるアメリカとはかなり統計を出す目的も異なっている。

○ 女性被疑者は10分の一以下

表6

  • 9%女性
  • 91%男性

2011年に逮捕された女性の65パーセントが家庭内暴力から殺人を犯している。これらの女性被疑者のうち55パーセントが被害者を刺殺している。

女性被疑者の4分の一が子供を殺害したということで逮捕されている。

5人の女性被疑者(18パーセント)が被害者を銃で殺害している。

24パーセントの女性被疑者が女性を殺害している。

東京都の場合は被疑者の全体数107名のうち女性は19名(約20パーセント)である。この割合はNY市よりも高い。東京都の男女別の殺害の動機を示した統計は示されていない。

○ 被疑者の85パーセントが逮捕歴を有している。

表7

  • 85%前歴有
  • 15%前歴無

42パーセントの被疑者が違法ドラッグの売買や所持での逮捕歴がある。

4分の一近い被疑者が逮捕された時点で保護観察中、あるいは逮捕状が出ていた。さらに14パーセントの被疑者がギャングの構成員。

女性被疑者の29パーセントは逮捕歴がない。

東京都の場合、成人被疑者の67パーセントが前科無し。33パーセントが前科持ちである。この数字もかなりNY市とは異なっている。半数以上の殺人事件の加害者がいきなり最初の犯罪として殺人を犯してしまうのである。これも偶発的、突発的に相手を殺してしまうというケースが多いためと思われる。

○ 被疑者の四分の三が16歳から37歳。

表8

  • 2%14歳~15歳
  • 75%16歳から37歳
  • 23%38歳から76歳

被疑者の平均年齢は29歳。中間年齢は25歳。34パーセントの被疑者が16歳から21歳。一番若い被疑者は男女とも14歳。(その女性は家庭内暴力から相手を殺害)。被疑者の最高齢は76歳(これも家庭内暴力から相手を殺害)である。

東京都の場合は被疑者16歳から39歳の数字は55人(総数107のうち)であり、ほぼ半数。16歳から21歳の被疑者の数は9名(8.4パーセント)。一番若い被疑者は男女とも16歳であった。

おわりに ~統計を比較しての考察~

東京とニューヨーク市の殺人事件の件数を比較してきたが、NY市の殺人事件件数515件と東京の殺人事件認知98件だけを見ると約5倍であるが、東京の数字は未遂も含まれていることから、実際の殺害された人員38名だけを比べると13倍以上にもなるのである。

NY市と東京を比べると犯行の動機と殺害の手段の違いだけで東京とNYの殺人事件の特徴の違いがかなりはっきりする。憤怒や怨恨というものは一時の激情に左右される。日本の場合、一時の激情によって相手を殺すことが多いということになり、NYの場合はその割合が若干減り、ギャング同士の抗争や違法薬物をめぐったトラブル等から殺害に至るという事件が多い。

数字だけで見た場合、東京の典型的な殺人事件とは、相手とのいざこざや痴情のもつれから、激高し、刃物を持って相手を刺す、その結果相手が死んでしまう。しかし、刃物で人を殺すのは難しいので重傷や軽傷、つまり未遂で済む場合が多いということになるのである。

NYの場合は、銃の存在によって相手を激情によって殺すも、計画的に殺すのも同じになってしまう。引き金を一回引けばかなりの確率で相手は死んでしまうからである。

ちなみにNY市はアメリカでも最も銃規制の厳しい場所の一つである。銃の所有も携帯も厳しく規制されている銃規制の厳しいNY市ですらこれほど銃を使用した殺人事件が発生している。これはどれほどアメリカ中に銃が蔓延しているかが如実に現れたデータであるとも言える。

被害者のデータについても興味深い。NY市のデータから分かることは、同じ人種同士で犯罪が起こっていること。さらに被害者に逮捕歴や保護観察処分を受けている数が多いことから被害者にも落ち度があるということを示している。こういったデータをNYPDが発表しているということは、殺人の被害者になりたくなければそういったことをするなというメッセージが込められている。

以上がNY市と東京都の殺人事件の件数について考察してきた結果である。NY市が非常に治安が悪いイメージを与えてしまったかもしれないが、NY市の殺人事件の件数は2000年の673件に比べると150件以上減っている。また凶悪事件と呼ばれる事件件数は2000年の18万件以上から2011年は10万6千件まで減っているのである。

NY市の凶悪事件の件数は年を追うごとに右肩下がりで減ってきていることから、今後もNYPD並びにニューヨーク市の犯罪抑制政策について注視していきたい。

今川所長補佐 警視庁派遣

参考資料