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新しい配達の形「貨物用電動自転車」



(UPSの貨物用電動自転車)

 コロナウィルス感染拡大で世界中の人々が外出を控え、仕事も在宅で行うようになったことによって、eコマースの利用が急増している。配達量が増加したことに伴い配達用トラックも増加したため、都市部の渋滞の悪化や、排気ガスの増加、駐車スペース等、様々な問題が発生している。今回は、そのような問題を解決するためにニューヨーク市が配達事業者に対して導入を推進している「貨物用電動自転車」を紹介する。

 ニューヨークの交通問題

 マンハッタン周辺の道路は、南北に走る通り(アベニュー)が12路線、東西に走る通り(ストリート)が220路線整備されている。ニューヨーク市では、以前から慢性的な渋滞が発生しており、渋滞により発生する排気ガスの増加は重大な問題となっている。そのため、中心部の交通渋滞緩和を目的としてマンハッタン(96 thストリート以南)の通行に課税するいわゆる「渋滞税」の導入がニューヨーク州で可決され、近々に施行される見通しとなっている。また、2025年までに自動車用道路を25%減らすプロジェクト「NYC25×25」も民間団体により提唱されており、ニューヨークタイムズによると、当該プロジェクトは多くの人々から支持されている。

 ニューヨーク市の公共スペースの割合を見てみると、道路が75%以上を占めており、残りのスペースは、バス専用道路が0.02%、自転車専用道路が0.93%、歩道24%となっている。また、道路が占有する75%の中には、300万台分の無料駐車スペースが含まれており、車道のほとんどが無料駐車スペースとなっている道路も見受けられる。 トラックが荷下ろしするためには二重駐車するしか方法がない場所もあり、それが渋滞の原因の一つとなっている。



(自転車専用道路と道路の両側に無料駐車スペースがあり、通行レーンが1車線のみの通り)

 2014年から2018年におけるニューヨーク市内で働く16歳以上の通勤手段の統計※1では、車やトラックまたはバンを所有し、単独、または相乗りで通勤する人々は全体の約3割程度であり、それ以外の約7割の人々は公共交通機関や徒歩、または自転車等で通勤している。こうしたことから「NYC25×25」を推進する民間団体は、ニューヨーク市で暮らす人々は渋滞が発生する車での通勤を避ける傾向があり、かつ、市民が利用していないにもかかわらず、公共スペースにおける道路の割合が高いため、税金の多くが投入されている道路改修・維持費の恩恵を市民が十分に受けられていないと指摘している。



(2014年から2018年におけるニューヨーク市内で働く16歳以上の通勤手段の統計)

 上述したように、コロナ禍で配達用のトラックやバンが増加し、違法駐車の増加、二重駐車による渋滞の発生、排気ガス排出量の増加等の問題が発生していることに加えて、「NYC25×25」等の活動によって、ニューヨークに住む人々の「道路=車」という考え方が変化してきていること等から、「貨物用電動自転車」に脚光が集まっている。

「貨物用電動自転車」の導入によるメリット・デメリット

 ニューヨーク市は、配送業者や食料品店にトラックから貨物用電動自転車への転換を促しており、2019年から貨物用電動自転車のパイロットプログラムを開始した。このプログラムに参加する事業者の貨物用電動自転車は、トラックが使用している商業用車両の積み下ろしエリアを使用することができるようになるとともに、一部地域には貨物用電動自転車専用の積み下ろしエリアも整備された。本年5月に市交通局が発表した報告書※2によると、ニューヨーク市における貨物用電動自転車の配達件数は、2020年5月から2021年1月の間に2倍以上の4万5,000件に達しており、そのうち約80%は一般住宅への配達である。貨物用電動自転車は車と車の間のスペースに収まりやすいことから、二重駐車の事例が減ったと発表されている。

 しかし、上記のようなメリットだけではなく、今後検討していくべき問題もある。

 一つ目の問題点としては、駐車場所の問題がある。上述したように、貨物用電動自転車はトラック用の既存の商業用積み込みエリアを使用できるようになったが、そもそもの問題としてトラックが使用する商業用積み下ろしエリア自体が不足していた状態であったため、トラック事業者からは貨物用電動自転車が増えるにつれてトラックの駐車場所がますます減っていくのではないかという懸念が生じている。現在は、貨物用電動自転車であれば車と並行して二重に駐車したとしても違反とはならないが、貨物用電動自転車を普及させる上で、貨物用電動自転車専用の駐車スペースの確保や、駐車に関する明確なルールの作成は行政側の今後の課題である。

 二つ目の問題点は、貨物用電動自転車の安全性である。ウォールストリートジャーナル※3によると、アマゾン社は新型の貨物用電動自転車導入に向けた研修中に転倒事故が発生し、研修を一時中止したと報じている。同記事では、標準的な貨物用電動自転車の多くは、従来のパレットの寸法に合わせて荷台部分が48インチ(121.92センチ)の幅になっているが、ニューヨーク州法では36インチ(91.44センチ)以内と定められている。転倒した貨物用電動自転車はこの規格を満たすように設計されたもので、幅が狭く縦に高いデザインだったとのことだ。トラックであれば、横転することはまず考えられないが、貨物用電動自転車は自重が軽いため強風や路面の状態の影響を受けやすい。現在、民主党の州上院議員ジェシカ・ラモス氏は、安全性を確保する観点から、貨物用電動自転車の法定幅を55インチ(139.7センチ)以内に緩和する法案を提出している。自転車専用道路は歩道の横に位置しており、貨物用電動自転車が事故を起こした際には歩行者にも被害が及ぶ可能性があるため、安全性の確保は最優先課題であるといえる。

 今後の展望

 コロナウィルスの影響で人々のニーズが急激に変化したことによって、配達業界はこれまでにないほどの変革を求められている。トラックで行っていた配達を貨物用電動自転車へ移行するにあたっては、多くのメリットもあるが解決するべき課題もある。変化するニーズに対応するためには、行政としてのルール作りはもちろんのこと、配達事業者等も含めた官民一体の対応が必要不可欠である。今後も貨物用電動自転車の利用拡大に向けた取り組みを注視していく。

                                    (藤本所長補佐 和歌山県派遣)

※1New York City HP(2014年から2018年におけるニューヨーク市内で働く16歳以上の通勤手段の統計)

※2ニューヨーク市交通局報告書

※3ウォールストリートジャーナル記事