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ニューヨーク市による砂糖入り炭酸飲料の規制と市民の意見聴取

写真:ニューヨーク市健康・精神衛生局HPより

目的

効率的な地方政府の行政運営と、地方政府の政策によって影響を受ける住民と幅広く議論を行うことのバランスを取るのは、いつも難しい。このことは、こうしたバランスがいつも明白であるとは限らない日本の地方政府にとって特に重要である。本稿の目的は、住民の生活に影響を与える事柄について、住民の意見を聞かない、とはどういうことかを記述することである。

背景

ニューヨーク市長は、かなり長い間、様々な食物やその他の生活習慣を市民の一般的「健康」と結びつけようとしてきた。これまで、ほとんどの公共の場における禁煙、市内のレストランで出される食べ物に含まれるトランス型不飽和脂肪酸の規制、そしていわゆる「塩分との戦い」と、有名な規制の事例はいくつもある。しかし、市長にとって最も重大な懸念は、子供の肥満の増加が続いていることである。世論又は政府の注意を惹きつけることがあるとすれば、それは我々が子供のために何をするか、ということであろう。

2010年に、ニューヨーク市教育局は、脂肪が多すぎるという理由で、学校での全乳の提供を禁止した。低脂肪乳に切り替えたのである。教育局の研究者は、その切り替えによるカロリーと脂肪の低下度を計算した。彼らによると、その切り替えにより、子供たちは、2004年と比較して、5,960カロリー、619グラムの脂肪摂取を減少させることができると見積もられた。しかしその結果どうなったのか。購入される牛乳の大半は、1%の砂糖入り牛乳か、無脂肪のチョコレートミルクに切り替わったのである。これらの牛乳は、全乳に含まれるよりも多い糖分を含んでいる。このため、学校の一部はチョコレートミルクも禁止した。諺に「角を矯めて牛を殺す」というとおりである。

市長と当時のニューヨーク州知事(パターソン知事)は、2010年後半に、連邦農務省に、フードスタンプ(訳注:低所得者に対する食糧配給券)による砂糖入り炭酸飲料の購入を禁止するよう請願を行った。その目的は、やはり肥満とそれに関連する糖尿病の防止であった。砂糖は「肥満という疫病の最大の要因」だったのである。また、肥満である人々は、そうでない人々と比較すると、貧困である率が2倍であり、それはすなわちフードスタンプの受給資格を満たしている可能性が2倍であるということを意味する。アメリカ飲料協会はこの提案を支持せず、貧しくて飲料が買えないような人々に不平等な結果をもたらす、と主張した。結局、砂糖入り炭酸飲料に1セントの税を課すよう求められた州議会と、連邦農務省は、両方とも市長及び知事の提案を拒否した。

そして2011年12月、ブルームバーグ市長は、リンダ・ギブス副市長に、肥満問題に対処するための部局横断的タスクフォースを設置するよう指示した。タスクフォースは2012年1月に招集され、2012年5月31日にリポートを視聴に提出した。タスクフォースは市職員のみで構成されていた。タスクフォースの目的はよく定義されているが、研究と実証の積み重ねよりも、端初となった砂糖入り飲料の禁止そのものの達成に主眼を置くものであった。利害関係者の考え方を取り入れるため3つのワークグループが設立され、何回も会合が開かれたにもかかわらず、これらの会合は非公式であり、タスクフォースのメンバーによってコントロールされていた。リポートが述べているところによれば、外部の利害関係者は非公式に相談を受けるとともに、ブレインストーミングと提案に磨きをかけるための懇談会に加わったとのことである。

現在の規制案

こうしたことを背景に、2012年5月31日、ブルームバーグ市長は、ニューヨーク市健康委員会(Board of Health)に対し、レストラン、デリ、野球場、映画館、路上販売店における16オンス(約500ml)以上の砂糖入り飲料の販売を禁止するよう要請し、これを公表した。この規制は、健康委員会による承認の6ヶ月後に施行される。委員会は7月24日に公聴会を開催する予定である。

読者はわかりやすい規制だと思われるだろうか。そうかもしれない。しかし、その詳細は、提案の目的と矛盾しているように思われる。新たな規制案は、砂糖入り飲料だけを狙いにしている。そこで、砂糖入り飲料のサイズに関しては、食事提供業者(food service establishment)が売り、あるいはセルフサービスで顧客が飲むであろう量を定義している。すべての規制にいえることだが、定義はすべてである。セブンイレブンは食事提供業者ではないので、この規制の対象にはならない。スターバックスは、販売される飲料が少なくとも50%の牛乳又はその代替製品を含むので、この規制の対象にならない。

反応

筆者がこれまで得た情報からすると、市は、この新たな規制案に関し、これまで一般市民と多くの議論をしていない。この点を示唆する情報の第一は、AP通信による短い記事である。記事ではいくらか導入部の説明した後、以下のように続けている。「市当局は、この規制が住民に支持され、全国的なトレンドになるだろうと述べている。しかし、すでに規制に反対する人たちがいる。」このことは明らかに、規制を提案する前に、一般市民の反応を調査していなかったことを示している。では、飲料業界はどうであろうか。反応はこうである。「ほら、まただ。ニューヨーク市健康局の砂糖入り飲料に対する不健康な強迫観念が行き過ぎを招いている。炭酸飲料を攻撃しても肥満問題の対処にはならない。炭酸飲料は肥満問題の主要因ではないのだから。」砂糖入り飲料と肥満の関係に関する専門家たちの見解の相違は、議論の火に油を注いでいる。

ニューヨーカーの中には、これはよい考えだと思う人もいる一方で、選択の自由の制限だと考える人もいる。「次はどうするのか。映画館のキャンディ販売を禁止するのか。」ニューヨーク・タイムズ紙が、ハーレムのマクドナルドで食事をしている人々に取材をしたところ、彼らはこう答えた。「我々に指図をするとは、市長は守るべき一線を越えた。」2009年から2011年まで連邦農務省の食生活ガイドラインを監修しているワンシンク教授でさえ、ニューヨーク市の規制案は対立的過ぎる、と述べている。彼は市から相談を受けたが、その政策に反対した。大容量のダイエット飲料の販売を促進すべきだというのである。人々は、どのサイズのものを買うか決める際、自分の価値観に従う。「実際のところ、小さなソフトドリンクを欲しがる人々は、小さなソフトドリンクを買う。大きいソフトドリンクを欲しい人は大きいものを買うし、(禁止しても)結局はどうにかしてそれを手に入れる。」

ハーレムにあるマクドナルドの来店客はこの考えに同意するようだ。一人は、トレーニング・ジムの会費を援助してはどうかと述べた。別の一人は、市長は物笑いの種になるだろうと述べた。ワンシンク教授は「これはとんでもない失敗になるかもしれない。人々は、他の方法があると思う物事は信頼しない。」と述べている。ニューヨーク・タイムズ紙が述べたとおり、人々の反応は、これは健全な政策だという反応と、完全に「大きな政府」によるやり過ぎだ、という人の二通りに分かれた。

ニューヨーク・タイムズ紙の社説がこの問題をもっとも的確に指摘している。「健康的な生活様式を促進することは重要だ。砂糖入り飲料の場合、64オンス(約1.8リットル)のコーラには780カロリーが含まれていると注意することは有益だろう。しかし、規制を伴う過保護な政策では、却って人々が耳を傾けなくなるだろう。」来年の夏には結果がわかるはずだ。

2012年7月5日

Senior Researcher Seth B Benjamin

翻訳 上席調査役 川崎穂高

参考 ニューヨーク市健康・精神衛生局