タウンミーティングとは、アメリカの北東部に位置するニューイングランド地方(メイン州、ニューハンプシャー州、バーモント州、マサチューセッツ州、ロードアイランド州、コネティカット州)において、17世紀から行われてきた直接民主制の形で、資格を持った全ての有権者が参加し、課税や規則、予算などの重要事項を直接議論し投票で決定する制度です。1年間の任期で選出される議長役のモデレーターが進行を担当し、住民の意見を反映する民主的なプロセスを実現します。集団の構成員が、その集団の意思決定をいかに上手に行うかという民主主義の意思決定の仕組みとして、日本をはじめ、世界中で間接民主制が広く採用されている今もなお、タウンミーティングが存続しているマサチューセッツ州アンドーバーにて、年に1度開催されるアニュアルミーティングの視察等を4月29日から30日にかけて行いました。
4月29日のタウンミーティング前には、アンドーバー町役場職員の方々との意見交換を行い、タウンミーティングの仕組みや町の組織体制等について話を伺いました。町が運営する図書館では、その歴史や、館内で行われている住民向けの裁縫教室等の各種イベントについてご説明をいただきました。
タウンミーティングは、4月29日と30日の2日間にわたって地元アンドーバー高校で開催され、初日は約1,000人の有権者が、2日目は約500名の有権者が参加しました。36議案中、3つが否決され、その他の議案は可決又は修正の上で可決されました。私たちが参加した初日は2025年度の予算が審議されるため、住民からの注目も高く、学校予算の増額を求めるグループ約30人程度が会場入り口で自分たちの主張を記載したチラシを入場者に配布し、最後のロビー活動を行っていました。
会場内は整然としており、檀上中央には、タウンミーティングの議長を務めるモデレーター、行政運営の長であるタウンマネージャー以下の行政府の幹部スタッフ、町の政策決定機関であるとともにタウンマネージャー等を任命する権限を持つ公選職のセレクトボード5名などが並びます。
議長役を務めるモデレーターは、タウンミーティングにおいて会議の進行を担当します。日本の議会の議長と同じく、議事の進行を行うことになる一方で、多くの有権者が参加する中で健全な議論をするために一般的な日本の議会の議長よりも積極的に議論の「交通整理」を自ら行っている姿勢が印象に残りました。
また、セレクトボードのメンバーは、タウンマネージャーと密接に協力して政策実施と行政業務を監督する役割を担っており、3年の任期で選出されます。すべてのメンバーが同時に再選されることはなく、この構造により、豊かな経験からの監督を維持しつつ、定期的な選挙を通じて新しい視点を取り入れることが可能となります。このほか、同様の方法、任期で選出される、ファイナンシャルボードは、町の年間予算を作成し、タウンミーティングで承認されるための提案を行っており、各部門の予算要求を精査し、全体の財務計画を立てる役割も担っています。同じく、スクールコミッティーは、教育方針、カリキュラム、学区の目標および基準の設定や、学校システムの年間予算を策定し、監督しています。このようなメンバーのもと、タウンミーティングの議事進行は整然と進められました。
会議開始前には、教会から招かれた牧師が「会議が終了するまで神が寄り添い、ここにいる全員が協力を受け入れ、合意に導かれるように」と祈りを捧げました。モデレーターの開会の言葉は特に印象的で、「私の小槌が机を叩く瞬間から、あなたたちは住民から市民議員に変わります。タウンミーティングと自治の伝統は、連邦政府よりも古く、マサチューセッツ州と町民憲章がこの組織の権力と権威を定めます。」と述べ、タウンミーティングが持つ団体自治と住民自治の役割を端的に示すと同時に、この会議が持つ意義を住民に再認識させるための重要なものであると感じました。
初日に最も注目されたのは、2025年度予算議案です。学校関連予算は、公立学校の児童生徒数が過去10年間で11%(662名)が減少していることなどを踏まえて、補助教員、カウンセラーなどを34.25名削減することで、当初の見積もりよりも約270万ドルを削減した1 億 333 万 5,959 ドルでタウンミーティングへ提案されました。会場では、これに対して多くの反対意見が述べられました。
・教育関係者の削減は、教育の質の低下をもたらす。
・発達障害を持つ子供を公立学校へ通わせる保護者から、カウンセラーを減らすとこのような子供を安心して学校に通わせることができない。
・教員を減らすことで、学生が多くのことを学びたいというニーズを満たせなくなる。
これを受けて、フリーキャッシュと呼ばれる、明確な使途を定めず災害時など緊急時に対応した予算執行をするために準備されている予備費からこの270万ドル相当を充当すべきであるという修正案が提案されましたが、賛成451票、反対488票で否決されました。ただ、なおも、教育予算は増額すべきとの意見が続き、187万5,000ドルを増額する新たな修正案が賛成560票、反対320票で可決されました。
2日間にわたる合計7時間30分の議論を経て、2024年のタウンミーティングは終了しましたが、2025年度予算に関する決定はまだ完了していません。187万5,000ドルの増額で議決された教育関連予算は、この追加資金を確保するため複数の方法が検討されます。他の部門の経費を削減する、固定資産税を増額する、または新たな財源を確保するための別の方法を探るなど。これについて、町としては、7月1日に新年度予算が開始される前に、スペシャルタウンミーティングを開催し、有権者の承認を得る必要があります。
翌日はアンドーバーのシニアセンターを訪問し、施設の案内やセンターでの取り組みについて話を伺い、アンドーバーの消防長からは、火災やその他緊急時の高齢者対応などについてご説明いただきました。また、マサチューセッツ工科大学のMISTIでは、MITと日本の教育機関との間で学生交流を促すプログラムなどについてご紹介いただきました。
今回タウンミーティングに参加して、住民が市民議員として熱心に議論に参加する姿は、まさに直接民主制の原点ともいえる姿を感じられるものでした。また、有権者から提案された議案に対する賛成、反対、改善提案、一見すると議案に関連する内容とは言い難い意見の中には、議案を提案した行政運営のプロフェッショナルであるタウンマネージャーや経営者・弁護士などで構成されるセレクトボードのメンバーが考え付かなかった発想も含まれており、集合知の有益性を感じられる点もありました。一方で、有権者数約26,000人に対し、多い日でも約1,000人のみ参加するこの政府形態では、十分に住民の意見が反映されているのか、また、今回、フリーキャッシュ(予備費)を教育関連予算へ充当しようとした際、タウンマネージャーが「町の債権についてAAA評価を維持するためには、一定額以上のフリーキャッシュを持たなければならない。」と発言したことは印象的で、有権者にあっても専門的な知識が求められる場面があり、意思決定にあたって十分な前提知識の上に議論することの難しさも垣間見られました。一つの町から、様々な境遇の人々が老若男女を問わずに高校の講堂を埋めるほど集まり、整然と議論を進めていく、ということは想像以上に大変なことであり、それが連綿と続けられていることに感銘を受けました。ニューヨーク事務所として、今後も機会を捉え、米国の地方自治体の現場で学びを深め、日本の自治体に還元していきたいと考えています。
タウンミーティングに関する詳細なレポートは「自治体国際化フォーラム」2024年9月号に掲載予定なので、ぜひご覧ください。