筆者の派遣元である大分市では、1990年からオースティン市との姉妹都市交流が正式に始まり、両市の小学生による友好交流や「おおいた夢色音楽祭」へオースティン市のミュージシャンが出演するといった文化芸術交流等が行われている。そこで、オースティン市における文化芸術に関する事業を紹介する。
オースティン市の概要とAIPP事業の経緯
オースティン市はテキサス州の州都であり、人口は約98万人。主要産業は、先端製造、デジタルメディア、AIなどである。近年、オースティン市を含む地域ではテック企業が増え、Google社やAmazon社も同地域への拠点拡大を明らかにしている。文化・芸術分野では、毎年3月、音楽や映画、IT業界における複合イベント、SXSW(サウス・バイ・サウス・ウエスト)が開催され、この時期は2000組以上のアーティストが市内の各所でパフォーマンスを行っている。
このように、オースティンは音楽を始めとする様々なアーティストを惹きつける街として発展してきたが、それを支える行政の取組みとして興味深いのがThe City of Austin Art in Public Places (AIPP) 事業である。1985年、オースティン市はテキサス州の自治体として初めて、建設事業に芸術を組み込むことを約束した。条例により、市の建設事業に係る総予算のうち一部費用を除いた1%を芸術作品の購入や制作委託に支出することを定め、空港や図書館、公園等の公共施設へそれらの作品の設置を進めた。2002年には条例を改正し、2%を芸術作品に支出することとするとともに、道路改良や橋梁も対象に加えられた。現在、市では60以上の施設に180以上の作品が設置されている。(http://www.publicartarchive.org/AustinAIPP/)
この事業は、公共施設にユニークな作品を提供することを通じ、オースティン市がテキサス州のみならず、世界でも有数の文化的・芸術的な地へと変貌を遂げるうえで重要な役割を果たしている。パブリックアートは、街の美観を向上させ、コミュニティ内の対話を促進する役割を果たす。また、アーティストや建築家、造園家などクリエイティブな専門家に仕事を提供することで、経済の活性化にも貢献している。
設置するパブリックアートの選考及び事業の種類について
パブリックアートには、利害関係者や地域社会を巻き込んで制作することや、アーティスト自身の考えを反映した作品作りが奨励される一方で、地域社会全体の意図や需要も考慮する必要があることなど、ギャラリーや美術館等で展示される一般的な芸術作品とは異なる面がある。作品設置に至るまでの一般的なプロセスは、アーティストの選考に6~8か月、アーティストによる構想・デザインに1~2年、制作・設置に1年余りという流れである。この過程全てにおいてコミュニティを巻き込みながらプロジェクトを進めていく。
このような事業の性格を踏まえ、選考基準は、アーティストがプロジェクトへの適合性があるかどうか、過去の作品、デザインへの取組み方や共同作業に全面的に参加する意志があるかどうか等を基にしている。
具体的には、プロジェクトの性質に応じ、以下の方法による。
募集対象者は、AIPPのガイドラインに沿って応募すれば、誰でも応募が可能である
審査員が、限られた数のアーティストを招待し、選考を行う
通常の選考過程を経ずに、AIPPパネル(視覚芸術の専門家である7名のボランティアで構成)が直接アーティストや作品を選考する
完成した作品を市が購入する。ただし、作品に係る費用の10%以上をアーティストや販売者へ支払うことはできない
AIPP事業に関心のあるアーティストに応募と選考の機会を提供する。承認されたアーティストは、2年間の契約機会を得ることができ、延長もある
また、アーティストに多様な機会を提供するため、様々な形で事業を実施している。例えば、Launch PADは、パブリックアートに関心のある地元のアーティストへ専門的な能力開発の機会を提供する事業であり、既に活躍しているアーティストと新進気鋭のアーティストを組み合わせることで、技術的・管理的な専門知識を習得しながら、パブリックアート事業に貢献することができる。TEMPOは、短期間展示向けの簡単に設置・撤去ができる作品制作を奨励する事業である。
現地でパブリックアートを楽しむ
市内各地の施設に点在するパブリックアート作品を鑑賞する際に便利なのがAIPP Downtown Walking Tourである。 (https://www.google.com/maps/d/u/0/viewer?mid=1EMQ1cqrkIoCmx8O5-HoldDVLn2BaG7i7&ll=30.266172415594205%2C-97.75020759926025&z=16)地図に作品を示す目印が記入されており、クリックすると画像と説明文が表示される。以下は、オースティン市役所の目印をクリックした場合である。
作品の保守管理について
条例によって取得した作品は、市の財産となり、利用する部署が維持・運営に係る費用を負担する。AIPPスタッフは、作品の保守・修理の需要評価を行い、毎年、AIPPパネルと情報を共有している。作品の修理が必要な場合は、制作者へ作業を依頼する。制作者が修理を行わない場合は、市が資格のある保存修復師へ依頼する。
2020年の活動、2021年の取組みについて
2020年は世界各地で新型コロナウイルスが社会全体に大きな影響を与えたが、アーティストはコロナ禍でも活動を続けた。例えば、ビデオやSNSで作品を公開するほか、6人のアーティストによる、市民の心身の健康を願うメッセージを込めた壁画制作が実施された。その他、2020年に設置した作品は以下のリンクから閲覧できる。(http://www.austintexas.gov/sites/default/files/files/EGRSO/AIPP2020_YIR.pdf)
2021年3月には、AIPPのガイドラインが改訂された。主な変更点としては、「公平性」に関する項目である。今後、LGBTQや障害者のコミュニティメンバーがAIPPの機会を公平に得られるよう積極的に取り組む旨が明記されている。