ニューヨーク市の住宅復興事業「ビルド・イット・バック」は2012年10月のハリケーンサンディの襲来がもたらした被害に対し、2013年に前ブルームバーグ政権によって設立された。ただ、設立以降、様々な問題を抱え、2013年から毎年進捗情報を伝えてきたJLGCのブログのポスティングからもわかるように、同事業は斬新な対策を約束したものの、発表された目的が達成できず、市民の不服が募る一方であった。
ビルド・イット・バックが発表されてから、20,000以上の住宅所有者が申請を始めたのに、最終的に半分以下の約8,300しか残っていない。原因は様々であるが、登録手続きの委託を受けた会社のずさんな処理や市の管理不足、また、複数の連邦政府の資金を活用し条件が複雑であったこと等が妨げとなったことによって断念するケースが多かったそうである。
しかし、デブラシオ政権が実施してきた改善策のおかげで、実績を重ね、最終日はまだ決まっていなくても、同事業の終わりがそろそろ見えてきた。市長室住宅復興事業(Mayor’s Office of Housing Recovery Operations)の2017年10月現在のレポートによると、約8,300の住宅所有者の事業参加者のうち、87パーセント強(7,217件)の工事等が終了し、99パーセントが手続き段階に入ったり何らかの形で援助をもらったりしている。
去年から事業が進捗している理由の一つは、住居を完全に建て直す場合、モジュラー住宅を導入したことがある。条件が許せば、伝統的な現場で素材を切ったり組み合わせたりする建て方の代わりに、工場でいくつかのユニットを組み立ててから現場に運び、組み合わせる作り方により、コストを25パーセントもカットし、建設時間がおよそ半分(場合によって、4ヶ月まで)に縮小できると予想されている。モジュラー住宅はクイーンズで70軒、スタテンアイランドで30軒が建てられる予定である。
5年経ち、ハリケーンサンディの復興が終わりに近づいてくると、「次」のためにその教訓をどういう風に残して活かすかを考慮すべき段階に入ってきている。
そこで、ニューヨーク市議会で2017年11月に採択された条例に基づき、「ハリケーンサンディ復興タスクフォース」が設立された。同タスクフォースは、サンディの復興事業の分析を行ううえ、これからの天災に備えて強靭性の強化、ハリケーン等に対する準備や対応方法の企画、復興対策などに関する勧告を用意する義務がある。
もうひとつの前向きな努力として、ニューヨーク市の会計監査官(コンプトローラー)は2017年10月に発表した「財政的強靭性:ニューヨーク市の緊急調達システムを次の嵐の前の改善」(Fiscal Resiliency: Reforming New York City’s Emergency Procurement System Before the Next Storm)というレポートに、サンディの緊急対策を分析し、調達の面で同じ失敗を二度と繰り返さないように7つの勧告を出した。ビルド・イット・バックに関して言及していないが、その前身であったラピド・リペアズ事業に関する点と同監査官の2015年のビルド・イット・バックの問題に関するレポートを見ると、両方とも事前に細心の注意を払った業者との契約書を用意することの大切さが強調され、貴重な参考資料となっている。
会計監査官の焦点は、緊急事態に税金をできる限り効果的に使うことで、大まかに:
- 事前に非常時の市全体の調達計画を用意する。
- 緊急事態に備える契約書のカタログを用意する。
- 既存の契約に、緊急事態に備える条件を付け加える。
- ラピド・リペアズの住宅暖房装置等の修理・取替え事業の問題に鑑み、モデル契約や復興過程の枠組みを作る。
- 州・地方・連邦レベルでもっと効率よく協力する。
- 市の代わりにサービスを提供する民間企業への管理やトレーニングを強化する。
- 市のクレジットカードの使途を幅広くし、その管理も強化する。
前ブルームバーグ政権の時にビルド・イット・バックの長であったブラッド・ゲアー(Brad Gair)氏は、2016年7月に、ニューヨーク市で行われた国会の下院国土安全保障委員会での証言で、ビルド・イット・バックを含めて、今までの復興事業は「絶対的な失敗」であると主張した。ゲアー氏によると、現在の制度では、復興資金は多数の連邦機関から州や市町村に支出され、それの使い道にはかなりの余裕が与えられているけれど、州や市町村の政府は、数ヶ月の間に、緊急事態が発生してから、効率よい対策を一から作り出すことができないので、かえって、その余裕は問題である。それで、その余裕が多少減っても、重複や混乱をなくすために、連邦政府が復興のテンプレートや大幅な調整権を有する機関を設置しない限り、税金の無駄遣いや被害者の不満が変わらないとゲアー氏はいう。
一方、最近、サンディの復興対策の経験に基づいて全体的な計画を用意するかをビルド・イット・バック事業のスポークスマンに聞いたら、復興タスクフォースの新条例はありながら、各災害は違うので、参考にはなるだろうが、簡単に前例をベースに企画することができないという答えが戻ってきた。
これにもかかわらず、復興対策は、今までの危機管理対策の制度と同様、連邦政府が助成金を支出すると共に、大まかな枠組みを定め、州・市町村が独自の対策をそれに従って策定したほうが良いではないかと思える。この一環として、縦割り行政を避けるには、FEMAあるいは新設の復興担当専門の機関に、省庁をわたる調整権を与えたほうが良いではないか。とりあえず、柔軟性のある復興対策の枠組みが実際に作れるかどうかを調べることが望ましい。
ニューヨーク市は、結局、どれほど包括的な復興対策の計画を策定するかを待ってみるしかないが、少なくとも、市長室住宅復興事業や市議会のハリケーンサンディ復興タスクフォース等から出る報告書が残り、サンディから得た苦い経験とその教訓を「次」に備えて保管することができる。
ご参考に:2016年のレポートhttps://www.jlgc.org/ja/12-08-2016/
2015年のレポートhttps://www.jlgc.org/ja/4-28-2015/
2014年のレポートhttps://www.jlgc.org/ja/4-7-2014/
2013年のレポートhttps://www.jlgc.org/ja/7-9-2013/
Matthew Gillam
2018年1月